寿司の味

 

 十月に入り、一段と忙しさが増した。システムが作動することは分かった。その後、果たして、時間内に設計通りの能力を発揮できるかのテスト、「ストレス・テスト」が始まったのだ。テストでは機械にストレスをかけるのだが、やる人間にも十分にストレスになる。一時間に二百パレットの出し入れが出来るか検証する為には、予め二百パレットを自動倉庫に収め、もう二百パレットを、バーコードを貼った状態で倉庫に用意しておかなくてはいけない。「ヨーイ・ドン」で、一斉に出し入れを始めるわけだが、テスト中、作業員に次々指示を与え続けなくてはならない。時々機械が停まったりすると、復旧の為にJ君と僕は機械とパレットの間を走り回ることになる。ふたりとも数週間前から背広なんて着ていない。ジーンズとジャンパー姿だ。間の悪いことに、僕は朝のジョギング中に転んで、足首を痛めてしまった。数日間は足首を包帯でぐるぐる巻きにしていたので、まともに歩けない。びっこを引きながら、時々J君の肩を借りながらの仕事となった。

 

 僕は、いつも担当したシステムの本番稼動が近づくと、今晩眠って、次に眼が覚めたらもう二十日後で、本番稼動が終わっていたらいいのに、と考えてしまう。しかし、そんなことはありえるはずはなく、一日一日、時間に追われながら、テスト、調整を繰り返していかねばならないのが運命なのだ。

 そんな中に、時々「コーディネーター」と言う役割のコンサルタント会社のオランダ人のお姉ちゃんが現れる。小柄で、見ようによっては可愛い女性なのだが、そんな戦場のような現場に、薄い紫色のミニスカートのスーツを着て現れる。それには少しカチンと来た。

 

 金曜日の夕方、その週の仕事を終えて、ロンドン行きの飛行機に乗るためにスキポール空港に行く。チェックインを済ませ、待合室で時間を待っていると、一週間が終わった安堵感から、急に疲れを感じた。

僕のその時の楽しみは、空港内の寿司スタンドで、寿司を食べること。一応、日本人が目の前で握っているので、そんなに変な寿司でもないが、取り立ててどうこう言う出来でもない。しかし、そのような状況と精神状態で食う寿司は、すごく美味しく感じられるのだ。熱燗をつけてもらって、プラスチックのコップで飲むと、日本酒が、じっとり舌にまつわりつくようだった。

アムステルダムは、日本からの観光客が乗り換えに使う空港なので、寿司スタンドには、よく日本人観光客のおじさん、おばさんも顔を見せていた。(何故か若い女性は少なかったが。)おそらく、日本を離れて一週間。その間ずっとこちらのものを食べて、帰りの空港で「寿司」という看板が目に入ると、ついつい足が向いてしまうのだろう。その気持ち、良く分かる。

 

十月十五日。プロジェクト開始から七日月余、自動倉庫は正式に動き出した。担当の課長がその報告のメールに「尽力してくれたモトさんとJ君に感謝します」とのコメントを書いてくれた。その時の僕の心境は、マラソンを走り終えたときに少し似ていた。

 

<戻る>