ドイツ語で読むシェークスピア

「アントニーとクレオパトラ」

 

 

<はじめに>

 

 現代的だ。そのまま映画の台本になりそう。 

モーツアルトのような天才は、ひとつの「型」を持ちながらも、毎作どきっとするような新しさを感じさせる。この作品、「ジュリアス・シーザー」と同じ時代の良く似た素材を扱いながらも、全く違った手法で作られている。改めて、シェークスピアの懐の深さを思い知らされた。

 以下、ストーリー紹介の中の「カエサル」は、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)ではなく、その甥で養子、後の初代ローマ皇帝オクタヴィウス・カエサルのことであるので、念のため。

 

 

<ストーリー>

第一幕

 

 ローマの武人、マルクス・アントニウスは、遠征の途中立ち寄ったエジプトで、美貌の女王クレオパトラの虜になってしまい、彼女と愛欲の毎日を送り始める。彼は、帰国を促すローマからの使者にもろくに会おうともしない。その頃、ローマでは、大ポンペイウスの息子、セクストゥス・ポンペイウスが、ローマに反旗をひるがえし、海上での力を伸ばしつつあった。

 しかし、妻フルヴィアの死の知らせが、アントニウスの目を覚まさせる。アントニウスの弟と妻が、ポンペイウスと組んでローマに対して戦いを挑み、戦死したのである。彼は、ローマに帰ることを決心し、クレオパトラに別れを告げる。

 ローマ。当時はアントニウスと共に第二回三頭政治を敷く、オクタヴィウス・カエサルとレピドゥスの支配下にあった。エジプトからの使者によってもたらされた、アントニウスがクレオパトラの愛欲の奴隷のような生活を送っているという知らせを聞き、カエサルとレピドゥスは大いに嘆く。

 

第二幕

 

アントニウスはローマに戻る。カエサルとレピドゥスに対して反乱を起こしていたポンペイウスは、アントニウスのエジプトからの迅速な帰還に驚く。

 ローマに戻ったアントニウスは、カエサルとレピドゥスに会う。カエサルとアントニウスは、最初、互いの行動について罵り合う。しかし、レピドゥスや側近の仲介で最後には和解し、カエサルの姉、オクタヴィアをアントニウスに嫁がせることにより、ふたりは義兄弟の契りを結ぶ。

 アントニウスはオクタヴィアを伴い、任地のアテネに戻る。クレオパトラは、アントニウスが結婚したという知らせを聞き、怒り狂い、その便りをもたらした使者を打つ。

 ポンペイウスとローマの間は一触即発の状態となる。戦いを前にして、カエサル、アントニウス、レピドゥスはポンペイウスと会見する。アントニウスのとりなしでポンペイウスは、カエサルの出した条件を飲み、戦いは回避される。会見の後、三頭政治の三人はポンペイウスの船に招待され、大いに飲み唄う。

 

第三幕

 

 アテネへ戻ったアントニウスのもとに、カエサルが約束をないがしろにしてポンペイウスを攻撃したこと、また、その後、三頭政治のもうひとりレピドゥスをも追放してしまったという知らせが届く。それを聞き激怒したアントニウスは、カエサルに戦いを挑む決心をする。夫と弟の間の板ばさみになったオクタヴィアは、ふたりを仲介するため、単身ローマへ向かう。

 ローマに到着したオクタヴィアに対して、カエサルはアントニウスの最近の行状を伝える。アントニウスはアレクサンドリアに戻り、クレオパトラとのよりを戻し、皇帝のように振舞っているという。カエサルは自ら軍隊を率い、アントニウスを討つためにエジプトに向かうことを姉に告げる。オクタヴィアは、自分の身の上を嘆き悲しむ。

 カエサル軍の接近を知った、アントニウスの側近たちは、敵軍を陸で迎え撃つことを進言するが、アントニウスはそれを聞かず、アクティウムで海戦を挑む。ところが、一緒に戦いに参加したクレオパトラが、戦闘の最中に逃げ出し、アントニウスもそれを追ったため、アントニウス軍は敗れる。アレクサンドリアに戻ったアントニウスは、自分の行いを恥じ、自己嫌悪に陥る。

 アントニウスはカエサルに使者を遣わし、クレオパトラと自らの助命を願う。

 

第四幕

 

 カエサルはクレオパトラの助命は認めるが、アントニウスを捕らえて差し出すことを要求する。アントニウスはそれを伝えに来た使者を鞭打ち送り返す。カエサルは怒り狂い、アレクサンドリア攻撃を決意する。アントニウスはカエサルを相手に最後の戦いに望むことになる。

 戦いは初日アントニウス軍優勢のうちに進むが、二日目にはアントニウス軍から離反者が出て総崩れとなる。宮殿に戻ったアントニウスは、戦いに敗れたのはクレオパトラのせいであると、彼女をなじり、立ち去る。

クレオパトラは、アントニウスの心を試すため、廟にこもり、自分が死んだという嘘の情報をアントニウスに伝える。それを聞いたアントニウスは絶望して、自らの胸を剣で突く。瀕死のアントニウスは、クレオパトラの前に運ばれ、彼女の前で息絶える。

 

第五幕

 

 勝利したカエサルはアレクサンドリアに入城する。カエサルはクレオパトラの権利を認め、彼女を引き続きエジプトの女王として扱うことを約束する。しかし、実のところ、カエサルの意図は、クレオパトラを最大の「戦利品」とローマに持ち帰ることであった。そのことを察知したクレオパトラは、ナイル川に住む毒蛇を取り寄せ、それを胸に当て、噛まれて死ぬ。

 カエサルは、アントニーとクレオパトラの死を悼み、ふたりを一緒に葬るように命じる。

 

 

 

<感想など>

 

 そのまま映画の台本になりそうな、短い画面の転換の連続。同じ幕の中で、アレクサンドリア、ローマと場面が次々と変わる。映画ならそれでもよいが、実際の舞台では、一体どんな風にして画面が転換されるのか、非常に興味がある。舞台装置、大道具、照明の係りは、おそらく息つく暇もないであろう。

「ジュリアス・シーザー」の場合、もっと一場面が長かった。そして、演説調の台詞が多かった。しかし「アントニーとクレオパトラ」では、ひとつの台詞が短い。その点、会話がより自然で(言い回しは大仰ではあるが)、それも映画の台本を思い出させるひとつの要因であろう。

 

 「ジュリアス・シーザー」では、深慮遠謀の権化のようなアントニウスが、ここでは美女にうつつをぬかす中年男になっており、その変化に戸惑う。そうかと思うと、それまでクレオパトラの宮殿に入り浸りなりながら、妻の死を聞いたとたん、彼女の元を去りローマに向かう決心をする。その突然の心境の変化もよく分からない。

 アントニウスとクレオパトラの関係が面白い。お互い、愛し合ってはいるが、それは若い世代の一途な愛ではない。中年の男と女の、ドロドロとした、愛、嫉妬、それに憎しみまでが交錯した関係である。罵り合ったり、抱き合ったり、疑ったり、信じたり、それが繰り返される。(中年になっても「一途な愛」を貫いておられる方はもちろんいるであろうが。)ふたりの関係、ふたり会話は、現代のテレビドラマの舞台に置き換えても、結構やっていけるような気がする。

 

 三頭政治と言っても、レピドゥスはおまけみたいなもので、実質的にはオクタヴィウス・カエサルと、マルクス・アントニウスが、最後の覇権をかけて争うことになる。アントニウスは破れ、その結果、オクタヴィウス・カエサルが最初のローマ皇帝となる。その最後の数ヶ月を描いている。このふたりの関係、アントニウスの死の知らせを受け取ったカエサルの言葉に凝縮されていると思う。

O Antonius, ich bin dir bis hierhin gefolgt, doch wir stechen auch Krankheiten in unserem Körper auf. Ich hätte dir zwangsläufig in mir einen solchen Tag des Niedergangs zeigen müssen oder auf deinen schauen: wir konnten nicht zusammen wohnen in der ganzen Welt. Aber laß mich doch beklagen mit Tränen, die so unübertrefflich wie das Blut des Herzens, daß du, mein Bruder, mein Mitbewerber, an der Spitze allen Vorhabens; mein Kamerad in der Herrschaft, Freund und Gefährte an der Kriegsfront, der Arm meines Gedanken sich entzündeten, daß unsere Sterne, unversöhnlich, uns Gleiche so weit trennen mußten.

「アントニウスよ。俺はお前をここまで追いつめた。しかし、病気のときは自分の体をも刺すではないか。俺はお前の否応なしにお前の没落の日を見ざるを得なかった、でなければ自分がおなじめに会わなければならなかったからだ。俺たちふたりは、この世の中では並び立つことができなかったのだ。しかし、兄弟であったお前と、共に世界の頂上を狙う競争相手であり、国を共に統治する仲間であり、戦場では共に戦う仲間であったお前と、俺の考えの腕に火を灯してくれたお前と、同じような運命を辿るふたりが、これほど離れ離れにしなければならなかったことを、心臓からしたたる血のような涙をもって嘆く。」

カエサルとアントニウスは、互いの能力や人格を認めながらも、あまりにも傑出した二人であるがために、二人は並び立たないことを以前から予感していたのであろう。

     

 劇中、カエサルとアントニウスに対する、他の登場人物の評価が面白い。三頭政治とは言うが、レピドゥスは数えられていない。三頭政治の三人が、ポンペイウスの船で饗応を受けた際、レピドゥスは酔っ払い、従者に運ばれていく。

「おい、見ろよ。世界の三分の一を運んでいるやつがいるぜ。」

Er trägt den dritten Teil der Welt, Mann; siehst du das nicht?

これは、もはやレピドゥスに対する皮肉意外の何物でもない。つまり、レピドゥスは最初から員数外。

 では、残るアントニウスとカエサルに対する評価はいかなるものであろうか。以下は、アントニウスの家来のエノバルブスと、カエサルの家来のアグリッパが、互いの主人に関して話す場面である。

Enobarbus: Caesar? Nun, er ist Jupiter der Menschen.

Agrippa: Und was is Antonius? Der Gott Jupiters.

Eno.:Spracht Ihr von Caesar? Wie, dem Unvergleichlichen?

Agr.: O Antonius, o du arabischer Phoenixvogel!

Eno.:Wollt Ihr Caesar loben, sagt nurCasear”, und nichts weiter.

Agr.:Wirklich, er spendete ihnen beiden vorzügliche Lobsprüche.

Eno.: Aber er liebt Caesar am meisten, doch er liebt auch Antonius; Ho! Herzen, Zungen, Figuren, Schreiber, Barden, Dichter können nicht erdenken, aussprechen, errechnen, beschreiben, besingen, zählen, ho! Welche Liebe er für Antonius hegt. Aber was Caesar angeht, kniet nieder, kniet nieder und staunt.

エノバルブス:「カエサル、彼こそは人の世のジュピターだ。」

アグリッパ:「だとするとアントニウスは、 そのジュピターの上に立つ神だと言うわけか。」

エノバルブス:「シーザーについて言いたかったのだろう。しかしあのような比類なき人物を、どのように表現するのだ。」

アグリッパ:「おお、アントニウス、汝はアラビアの不死鳥だ。」

エノバルブス:「もしカエサルを褒めたいなら、ただ『カエサル』と呼ぶだけ、他には何も要らない。」

アグリッパ:「ふたりには最大限の賛辞を与えられていたからな。」

エノバルブス:「しかし、カエサルが一番愛されていた。アントニウスも確かに愛されてはいたが。いかなる心、言葉、数、作家、歌手、詩人をもってしても思い、語り、表し、書き、唄えないもの、それがアントニウスへの愛だ。しかし、カエサルの前にでると、人はただ跪く、感慨の余り跪くだけだ。」

これらの台詞で分かること、それはアントニウスも確かに傑出した人物ではあるが、オクタヴィウス・カエサルはその遥か上をいく人物であるという評価。もちろん、オクタヴィウス・カエサルが間もなくローマの初代皇帝になるという歴史的事実を踏まえての評価であるが。

 

 私がこの物語を読んで、一番心に残っている言葉。実はアントニウスでもなければクレオパトラの台詞でもない。またカエサルでもない。脇役のセクストゥス・ポンペイウスの台詞である。ポンペイウスは、カエサル、アントニウス、レピドゥスと和解した後、三人を自分の船に招待し、酒宴を張る。その酒宴の最中に、ポンペイウスの家来メナスは主人に、

「今、あの三人を殺してしまえば、あなたはこの世の支配者になれる。」

と呟く。それに対するポンペイウスの言葉である。

Ach, das hättest du getan haben sollen, und nicht darüber reden! In mir ist es Schurkerei, in dir ware es guter Dienst gewesen. Du mußt wissen, nicht mein Vorteil geht vor meiner Ehre; mein Ehre ist es. Bereue es, daß deine Zunge jemals so dein Tun verraten hat. Wenn es ohne mein Wissen getan ware, hätte ich nachher gefunden, daß es gut getan war, doch jetzt muß ich es verurteilen. Laß davon ab und trink.   

「お前はそれを私に言うことなしにやってのけるべきだった。私にとっては陰謀だが、お前にとってはよい行いになる。私にとって、利益よりも名誉が先に立つことを覚えてほしい。私の名誉がかかっているのだ。お前の舌がお前の行いを裏切ったことを後悔するがよい。私がそれを知らなければ、後で、よくやったと思うだろう。しかし、知ってしまった今となっては、そんなことは忘れて飲め、と言うしかないではないか。」

登場人物の中では小人のポンペイウスでさえ、自分の名誉を重んじ、その場の実益をとることをしない。「ジュリアス・シーザー」のブルートゥスもそうであったが、名誉を重んじ、恥を知るという文化。「古代ローマ人は、サムライであった」と思われる。

 

「ジュリアス・シーザー」も「アントニーとクレオパトラ」も歴史劇である。しかし、その雰囲気は随分と違う。「ジュリアス・シーザー」が建て前のドラマであるとすると、この作品は本音のドラマか。「ジュリアス・シーザー」では、政治的野心を持った人物の、建て前と建て前がぶつかり合う。しかし、「アントニーとクレオパトラ」に描かれている人間関係はもっと、プライベートなものである。心の襞と襞のぶつかり合いとでも言うか。それだけに、重いテーマを扱った作品ながら、何となく現代のソープオペラ、メロドラマを見ているような感じを受けた。

 

20069月)

 

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