ガーディアンとは何ぞや

 

ケンブリッジ大学、キングス・カレッジの建物

 

十一月のある日曜日、午後十時、僕は、妻と末娘のポヨ子を乗せてケンブリッジへと向かった。目的は、後一年半後に大学に進学するポヨ子の、「下見」ということにしておこう。末娘と言うものは、親にとって何時まで経っても「赤ちゃん」なのだが、その彼女も、本気で大学を決める歳になったのだ。感慨深いものがある。

ケンブリッジは僕たちの住むロンドンから車で一時間余の場所だが、不思議にこれまで訪れる機会がなかった。オックスフォードはもう何回も訪れているのに。

車は、ロンドンの外周を回る高速二十五線を離れ、北東へ向かう十一号線に入る。両側に見える黄色やオレンジ色に染まった木の葉が美しい。緑の芝の上に、羊が所々に白く見える。長閑なエセックスの田園風景。時雨が混じる天気だが、その分、雲に変化があって、ジョン・コンスタブルの風景画を見るようだ。スタンステッド空港を過ぎ、二十分ほど走ると、ケンブリッジへ降りる標識が見えた。

ケンブリッジでは、そこで大学へ通うY君と会う予定。彼が街を案内してくれることになっている。Y君は、日本の中学を卒業後三年間、ロンドン郊外の、ある有名な「ボーディングスクール」(寄宿舎制の学校)に通っていた。その時、彼のお父さんに頼まれて、僕が「ガーディアン」をやっていたのだ。「ガーディアン」とはなんぞや、と言う質問がでるだろう。意味的には「保護者、後見人」。彼は学期の間は寮生活だが、休みには寮を出なければならない。しかし、その都度日本の親元へも帰るわけにはいかない。また、学期中の外泊等には親の許可が必要だが、その度に日本へ国際電話というわけにもいかない。「ガーディアン」は、休暇中は彼を引き受け、学期中に何かあれば学校側と話をする、まあ「親代わり」の役目。従って、Y君は三年間の間、学校が休みになると、僕の家に戻り、同い年のうちの息子の部屋で一緒に寝泊りをしていた。うちの四人目の子供と言っても過言ではない。三人の子供たちも見習ってほしいと思うくらい、礼儀正しく、好感の持てる青年だ。彼は、昨年、めでたくケンブリッジ大学に合格。今、二年生だ。

彼が英国で高校に行っている時、彼の学校を何度か訪ねたことがある。最初は、「アジアの夕べ」があるということで日本食を作ってと、Y君に頼まれて、同じくY君のお父さんの知り合いで、プロの料理人であるナガシマさんと、巻寿司を百本作りに行った。道路から学校の門を入っても延々と続くキャンパス。おそらく端から端まで二キロはある学校の敷地を見て、ナガシマさんとふたり溜め息をついたのは覚えている。

その学校を一度訪れたポヨ子も、同じように溜め息をついていた。しかし、子供をひとりその学校にやろうとすると、一年間で「ウン百万」の費用。大学教授のひとり息子であるY君はともかく、子供が三人もいる我が家ではとても無理。しかし、有名私立高校から一流大学に進学したY君が、うちの子供たち、特にポヨ子の良き目標であることは確かだ。Y君のことを「もうひとりのお兄ちゃん」のように慕っているポヨ子に、ケンブリッジの街とY君が、好影響を与えてくれることを、今日は期待しようと思う。

 

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