チャイコフスキーは休暇に似合わない

 

モナーク航空二五二便にこれから搭乗

 

突然スペインへ行くことになった。行き先が決まったのは出発の三日前。妻がインターネットで予約した。来週火曜日にどうしても抜けられない仕事があるので、期間は木曜日の午後から月曜日まで、わずか五日間。直前に、阪神タイガースがクライマックスシリーズで敗れた。残念だが、心置きなくロンドンを離れられることになった。もし、日本シリーズに残ったら、お祝いを主催することになっていたから。

ロンドンは秋たけなわ。気温もすっかり下がり、出発する日の朝の気温は五度だった。午前中だけ仕事をするため、午前六時過ぎに朝家を出る時にはまだ真っ暗。オフィスに着いてしばらくして夜が明ける。朝日が半分葉の落ちた木を通してオフィスに差し込んでくる。その光景が、窓枠を額縁に見立てると、まるで絵のようだねと、隣の席のシーラに言った。

十一時に早くも退社。末娘のポヨ子を学校でピックアップ。簡単な昼食を済ませた後、妻、娘と三人で午後一時半の列車でガトウィック空港に向かう。僕は乗り物の中で、いつも寸暇を惜しんで読書をする性分だ。そうしていないと、何となく焦せってしまって、気分が落ち着かない。しかし、今日は、頭のスウィッチが「休暇モード」になってしまっているのか、ボケッとしていたい気分。何もせず、ガトウィックまでの一時間を過ごす。

空港に到着。チェックインを済ませ、妻と娘が買い物をしている間、バーでビールを飲む。スペイン到着後、車の運転があるのでビールは一杯だけ。バーで同席の男性は、経済学の学会に参加するため、これからリスボンに行くという。ついでに観光もするのと聞くと、もちろんだと言う。うちの会社も、どうせなら、会議はリゾート地でやってもらいたいものだ。

モナーク航空、二五二便、アリカンテ行きに乗る。モナークはホリデー便専用の飛行機会社だ。そのせいか、座席の前後の間隔がやたら狭い。閉所恐怖症気味の僕気分が悪くなりそう。これくらいで気分が悪くなるようでは。二ヵ月後に予定しているガダルカナル島行き、三十時間の長旅ではどんな目に遭うのだろうかと、心配になってくる。

飛行機の乗客は典型的な休暇便の客層。これから安いホリデーに出かけようとする英国人たちだ。それも、いわゆる労働者階級、下層中産階級風の家族連れが多い。(うちの家族もそのカテゴリーに入るのだろうが。)子供連れも多い。

飛行機の中、四枚組み十二ポンドで買ったばかりの、チャイコフスキーを聴く。しかし、今の気分に合わない。チャイコフスキーとスペインは相性が良くないようだ。それで桂雀三郎の落語にする。落語とスペインもイマイチ。マグダレン・ナブの「マエスキアロ・ガルナシア」シリーズの第十二作を読み始める。フィレンツェの町の人情味はふれる太った警部の話だ。

九時半、英国時間八時半にアリカンテに着陸。空港にはアムステルダム、マンチェスター等、ヨーロッパの色々な場所からの飛行機が着いている。気温は到着前の案内では十八度。雨上がり。気温はともかく、湿度があって、空気が柔らかく感じられる。辺りはすでに闇に包まれている。だから、景色など、詳しいことは分からない。

 

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