ワイキキで治った水虫

 

十月、しかし海辺はまだ夏の風情。

 

スペインの夜明けは遅い。経度的には英国と殆ど変わらないのだが、スペインは英国より一時間早いからだ。七時に目が覚めたので、ベランダに出てみる。まだ薄暗い。夜中にかなり強い雨が降ったらしく、道路に大きな水溜りができている。しかし、今では雲も切れ、辺りがピンク色に包まれている。天気は回復しそう。

昨夜着いたときには真っ暗で気がつかなかったが、僕たちのアパートメントは海からほんの百メートルくらいの距離にあった。ベランダからは、海岸と、海岸沿いのホテル群、そして、砂浜が切れる辺りにほぼ垂直に聳え立つ、高さ三百メートルはあろうかという岩山が見えた。この岩山が、カルベの街のシンボルのようだ。海辺のひなびた漁村という予想は、昨夜覆されたが、今見ると、昨夜感じていたよりも、更に大きな町だ。

妻とポヨ子はまだ眠っている。飯を炊こうと思うが、ガスコンロの火がつかない。シャワーを浴びようと思うが、温水がでない。フロントへ聞きに行くが、担当者は九時半にならないと現れないという。部屋に戻り、ケトルで湯を沸かし、麦茶を入れる。昨日妻が出がけに作った握り飯と、インスタント味噌汁で朝食。昨夜のきつねうどんに引き続き、このシチュエーションでの麦茶、握り飯と味噌汁というのも結構いける。

テレビをつけてみるが、スペイン語の放送ばかり。英語は「ユーロスポーツ」だけ、オートバイのレースをやっていた。九時過ぎに妻が起きてきて、近くのスーパーへ朝食の買い物に出かけた。間もなく、英語を全然解さない若いお兄ちゃんが現れ、ガスコンロと温水が使えるようにしていった。お隣のポルトガルでは結構英語を話す人が多かったが、スペインはヨーロッパで最も英語の通じない国のひとつだと、今回も改めて感じることが多かった。

娘が起きてきた。彼女の朝食を待って、午後十一時過ぎに、まずカルベの街を散策、いや探索することにする。妻と娘と僕は、当然のように海岸へ向かって歩く。砂浜があり、広い遊歩道があり、その遊歩道に沿って、レストランやカフェが並んでいるという、「典型的な地中海岸の海辺のリゾート」の造りになっている。

太陽がまぶしい。海岸に出て、太陽に当たると、急に心の緊張が解けていくような気がする。まさに「休暇モード」の第二段階にスイッチが入った感じだ。海岸沿いを三人で歩く。スペインの海岸で太陽を浴びるには、夏場はちょっと暑すぎる。今頃の季節がちょうど良いと思う。泳いでいる人も沢山いるので、水温はまだ高いのだろう。

最初遊歩道を歩いていたが、途中で砂浜の上を歩き出す。同じように裸足で砂浜を散歩している人たちが沢山いる。砂浜は足のために良いのだろうか。そこで、一九六〇年代の後半、海外旅行がやっと庶民にも一般的になった時代、母が祖父母と一緒に始めてハワイに行ったときのことを思い出した。ハワイで何が良かったかと聞くと、

「ワイキキの浜を裸足で歩いたら、水虫が治ったわ。」

と母は言った。ハワイの印象を語る、なかなか強烈な一言だったので、今でも覚えている。

 

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