定年後スペインに住むことの意義について

 

岩山登り。足元に注意して。

 

スペインに着いて以来、自分でも驚くほど良く眠れる。ロンドンにいると、寝つきは良いものの、夜中に目が覚めて、朝まで眠れないというパターンが多い。こちらでは夜中に目が覚めるということさえない。ポヨ子は良く眠れなかったとか。今朝は機嫌が悪い。

その不機嫌な娘を連れて、九時半ごろにアパートを出発。目標は、町外れにそびえる岩山、カルベの象徴、ペニョン・デ・イファク、標高三百三十二メートルに上ることだ。海面から半分くらいまでは比較的なだらかで、ジグザグの道がついているのが見える。しかし、それより上は、百メートル以上はある、ほぼ垂直の崖が聳え立っている。おそらく、ロッククライマーしかその壁を登れないだろう。しかし、昨日出会った英国女性の情報によると、垂直の崖の下にトンネルがあり、そのトンネルをくぐると、岩の反対側、つまり海側に出られるという。海側は比較的なだらかで、頂上までの道が通じているらしい。

「何とかと煙は高い所に昇りたがる」の例え通り、何とかして、あの岩の頂上に立ちたい気持ちある。しかし、昨年の心臓の病気以来、上り坂を苦手としている僕には無理かもしれない。ともかく、行けるところまで行ってみようという気持ちだ。昨日の上天気では、暑すぎて山登りはちょっと辛いが、今日は幸い曇っていて、気温も二十度以下だ。 

岩山のふもとの駐車場に車を停めて、最初、絶壁の麓までは、つづれ折りの道を歩く。道の両側には野生のラヴェンダーが生えている。手に取って見るが、葉の形も、花の香りも、我が家の庭にあるラヴェンダーとは少し違うようだ。つづれ折の道を登り切った所、トンネルの入り口で、老夫婦に出会った。この辺りがちょうど中間点で標高百五十メートル前後。

そのご夫婦と英語で話をする。歳を尋ねると御主人は何と八十七歳であるという。つまり僕の父とほぼ同い年だ。今の父の体調を考えると、その歳で、ここまで登ってこられるのはまさに驚異的。御主人はイギリス人、奥さんはフランス人。若い頃は英国のケンブリッジで働き、定年後はこの町と対岸のマヨルカ島に交互に住み、最近はもう移動ができないので、もっぱらカルベに住んでいるという。結婚されたのが一九四六年と聞いて、ポヨ子がびっくりしている。

今日は、かつてのキリスト教徒とイスラム教徒の戦いを模した、観光客向けの「模擬戦闘」があること。また、数ヶ月前、カルベの街は洪水で、メインストリートがほぼ水没したこと。老夫婦はいくつかのカルベに関する情報を与えてくれた。そう言えば、昨日から、大砲が発射されるような轟音が、時々こだましている。あれは模擬戦闘だったのだ。

今回、コスタ・ブランカで何人かの英国人やドイツ人と話したが、旅行者としてこちらに来ている人ももちろん多いが、定年後、こちらで家を買って、定住している人も多かった。暖かい気候、美味しい食べ物、安い物価。確かに良いかも。妻に、冗談で、じゃあ僕たちもそうしようと言った。しかし、家族、友人がいないという土地で、しかも母国語を話さない土地で、老後を過ごすのは、やっぱり寂しいような気がする。

 

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