ドイツ人気質の再発見

 

天気が回復すると、海の色が一段と冴える。

 

 岩山登りを済ませてアパートに帰ると午後一時半頃。天気はイマイチで海岸に出る気もしない。僕はリビングのソファーに毛布を被って寝転がり、本を読もうとした。しかし、ほんの数行読んだだけで眠くなり、本を腹の上に乗せたまま、うとうとしていた。今は「休暇」なんだ。動き回ってばかりはいられない。たまには休息も必要。そう思って、その午後は夕方までゴロゴロして過ごすつもりだった。ポヨ子も自分の部屋で眠っているようだ。妻はベランダで観光案内書を読んでいる。

 午前中曇っていた天気は、四時ごろになると急速に回復し、青空が広がり、太陽が輝き始めた。こうなるとゴロゴロしているのが何となくもったいなくなる。二時間ほど眠って、頭も冴えてきた。妻に

「夕方まで、どこか、近場にドライブに行こうか。」

と言うと、彼女もちょうどそんなことを考えていたと言う。ポヨ子は引き続き、ゴロゴロしていたいという希望。二時間ほどで帰ってくるからと娘に言い残し、妻と僕は車に乗り、海岸沿いの道を走り始めた。とりあえず、目標はカップ・デ・ナウという岬。片道五十キロ弱なので、二時間あれば帰ってこられると踏んでいた。

 海岸に沿って走る。太陽が輝きを増すにしたがって、くすんだ色だった海も、鮮やかさを取り戻しつつある。途中、車を停めて、太陽の下、海辺のベンチで休息すると、そのまま永遠にそこに座っていたくなる。

 一時間余り、「カップ・デ・ナウ」の標識を追いながら走る。道は山の中に入り、灯台が見えてきた。そこが岬だった。地中海に突き出た岬で、灯台があり、水平線を百八十度以上見渡せることを除けば、別にどうと言うこともない場所だった。しかし、何故か観光客が結構来ている。

 妻とふたりの写真を撮ってもらうと思って、近くに立っていた、ドイツ人のおじさんに、

「すみません。写真を撮ってくださいませんか。」

とドイツ語で言った。何故この男性が「ドイツ人」でると分かったのか。不思議はない。彼が連れの二人の女性とドイツ語で話しているのを聞いていたからだ。そして、彼らのアクセントは、オーストリア人、スイス人のものではなかった。当然のことながら、彼は、あんたたちはどこの国から来たの、どうしてドイツ語を喋れるのと聞いてきた。

「僕らは日本人で、今はロンドンに住んでいて、昔はマーブルクに住んでいた。」

と、お決まりの返事をする。彼、ミュラー氏と奥さんはずっとドイツに住んでいたが、定年後、余生を過ごすために、コスタ・ブランカに家を買ったとのこと。彼の故郷は、マーブルクのすぐ傍のジーゲンだと言った。別れ際、彼は自分の名刺をくれ、今度スペインに来るときは遊びに来るようにと言ってくれた。写真を撮って五分間話しただけの、言わば見知らぬ人間に。ドイツ人って、ドイツ語を喋る外国人に対してトコトン親切だということを、またまた思い知ってしまった。でも、いつか本当に彼を訪ねようと思う。

 

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