エーゲ海から吹く風

 

エーゲ海の色、写真に撮るとその美しさの半分も表現できない。

 

タクシーは結構新しい銀色のベンツ。運転手は白髪混じりの「鳥の巣頭」のおやっさん。彼は運転中ずっと携帯で誰かと話をしている。それはもちろんギリシア語。全く理解できない。ギリシア語はちょっとポルトガル語に似ていて、語尾の母音が良く響く。そんな言葉が機関銃のように運転手の口から発せられている。

タクシーの窓から海が見える。緑がかった青は、紛れもなく夏の地中海の色だ。「エーゲ海」というと、僕は何故かジュディ・オングの歌「魅せられて」を思い出してしまう。僕は二十歳のとき、生まれて初めての海外旅行、ヨーロッパ放浪の旅に出かけた。その旅行中に当時付き合っていた女性と別れることになる。それでも彼女は僕が金沢に着いた夜、駅まで迎えに来てくれた。駅前の食堂で彼女と最後の飯を食ったのだが、そのとき、食堂のテレビで、ジュディ・オングが、白くて長いドレスを着て「魅せられて」を歌っていた。彼女が両手を広げるとプリーツの付いたドレスの袖が、鳥の羽のように広がる。歌詞の英語の部分は、そのとき何を言っているのか分からなかった。その後何度も聞くうちに、その部分が、

Wind is blowing from Aegean.(風はエーゲ海から吹く。)」

であると分かった次第。「エーゲ海から吹く風」ってどんなのだろうと思った。当時は池田万寿夫の「エーゲ海に捧ぐ」がベストセラーとなり、ちょっとしたエーゲ海ブームだったようだ。ともかく、今、その「エーゲ海からの風」が、タクシーの窓から吹き込んでくる。悪くない風だ。

車は三十分ほどで、僕たちのホテルのあるカリヴェスの村に着いた。便宜上「ホテル」と書いたが、妻の予約した宿舎は、「ホリデー・アパートメント」と言うやつ。ダイニングキッチンと寝室のあるユニットが、僕らの泊まった「ガラジオ・キーマ」アパートメントの場合、二十四ユニット海辺に立っている。共同のプールがあり、その前がプライベートビーチになっている。部屋に入り、ベランダ立つと、直ぐ前に海が見える。ベランダから二十メートル先はもう砂浜だ。

案内してくれた旅行会社の職員によると、歩いて五分のところにスーパーマーケットがあると言うので、先ずそこへ行き、当座の食料と、僕にとっては「必要不可欠」なビールを調達する。スーパーは「イン・カ」マーケットという名前。チェーン店らしく、どこの町でも見かけた。

海の近くだが、魚は全て冷凍で、新鮮なものは売っていない。その代わり、肉類は、牛、豚、鶏肉の他に、ヤギ、羊、ウサギなど、豊富だ。ウサギは丸ごと一匹皮を剥いであるのだが、尻尾の先だけ、毛を残してある。まるで、元々のウサギの色を表示するかのように。美味しそう〜。スミレは皮を剥がれたウサギさんを見て、

「ディスガスティング。(気持ち悪い)」

と呟いている。

スーパーの精肉コーナーで売っているウサギさん。

 

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