ヨーロッパ歌謡選手権事情

 

海辺のレストラン。海からの風に吹かれ食欲も増すというもの。

 

メインコースが出てきた。前菜も結構ボリュームがあったが、メインもかなりの量。最後は四人とも満腹で、

「お腹一杯、もう食べられない。」

という状態。お勘定を頼む。ウェイターのお兄ちゃんは勘定書きと一緒に、切って皿に乗せたスイカとフラスコに入れた透明の飲み物を持ってきた。それと、お猪口のような小さなグラスが四つ。デザートと食後酒らしい。

「店からのサービスです。」

とウェイターは言う。このデザートと食後酒のサービスというのは、カリヴェスや近郊のどこのレストランでもやっていた。

「この酒は『ウーゾ』なの?」

とお兄ちゃんに聞く。僕はギリシアの酒というと「ウーゾ」しか知らない。

「いいえ、これは『ラキ』です。」

とのこと。アルコール飲料に関しては事情通の息子によると、ラキもトルコやギリシアで一般的に飲まれるリキュールの一種らしい。スイカは甘くて美味しい。こんな気候で育ったんだから、甘いのも納得できる。ラキは少し薬草の香りがして悪くない。

アパートまで歩いて帰る。午後九時過ぎ。辺りはようやく暗くなってきた。夜なのに風が柔らかい。半袖でも全然寒くない。さすがギリシア。

妻と手をつないで、ニコールの「Allein in Griechenland」(ギリシアに独り)を歌いながら歩く。ニコール(Nicole)は一九八二年、若干十八歳で「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」(ヨーロッパ歌謡選手権)で優勝したドイツの歌手。今はおばさんだが、当時はあどけないお姉ちゃんだった。ともかく「ギリシアに独り」は僕たちがドイツに住み始めた一九八五年にドイツ語圏で大ヒットし、ラジオやテレビで何百回と聴いた。ギリシア風の前奏で始まる短調の歌、なかなか良い歌。マユミもよく歌っていた。恋に破れた女性が独りでギリシアを旅し、癒されるという内容だった(と思う)。しかし、歌詞は殆ど覚えていない。殆ど「ラ・ラ・ラ・ラ」で済ませてしまう。

毎年夏に行われ、全ヨーロッパに中継されるヨーロッパ歌謡選手権だが、ここ数年で随分様変わりをして、最近は見る気もしない。まず参加国が増えすぎたこと。例えばクロアチアの歌手が出ると、スロベニア、マケドニア、セルビアなど近隣諸国が歌手の実力とは関係なく「身びいき」で皆その歌手に投票する。それで、変な歌がとんでもない高得点を取ったりする。それと、最近は皆英語で歌うようになり、それもバラード風のものばかり。皆同じような曲ばかり。ニコールは「Ein bißchen Frieden」(ほんの少しの安らぎを)をドイツ語で、しかもギター一本で歌い優勝した。古き良き時代。

ホテルに戻ると午後十時、ロンドンはまだ八時だが、旅の疲れと満腹とラキの酔いで、バタンキューと眠ってしまった。

可愛いフラスコに入った食後酒ラキ。単独で注文しても一ユーロ。

 

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