セミって英語で何ていうの

 

働き者の庭師、アルジスと良く整備されたアパートメントの庭。

 

六月二十六日。マユミも日の出を見る。午前六時、ロンドン時間では四時。もっと眠りたい気はある。しかし、辺りが明るくなると、目が覚めてしまう。

何度も書くが、日の出の直前の雲の輝きが一番美しいと思う。マユミと浜に出て、日の出を待っている間、カメラの望遠レンズを使うことを考えた。登ってくる楕円形の太陽を望遠で撮るのも良いかと思ったのだ。

「ちょっと望遠レンズを取ってくるし、その間にお天道様が昇りかけたら、ちょっと待ってくれるように言ってね。」

とマユミに伝言して部屋に戻る。急いでレンズを交換しまた浜に出る。マユミが言ってくれておいたせいか、まだ太陽は顔を出していなかった。

日の出を見た後、そのまま散歩がてら、マユミと村のベーカリーまで朝食のパンを買いに行く。途中、アパートの庭師の親爺さんがスクーターで出勤して来るのとすれ違い、お互いに手を振る。この親爺さん、アルジスという名前なのだが、なかなかの働き者で、一日中、プールの掃除をしたり、草花に水をやったり、木を刈ったり、忙しく働いている。このおじさんのおかげで、アパートの中庭は完璧に手入れが行き届いている。何せ、クレタ島では夏の間四ヶ月降水量がゼロ。水やりを毎日欠かさないと、花も芝生も枯れてしまう。

朝食後、またドライブに出かけることにする。正直言って、ノンビリと過ごしたい気分もあるが、車を借りている四日の間に、できるだけ車でないといけない場所を回ろうという気にもなる。今日の目的地は、ファラサルナという海に面した城の廃墟と、エラフォニシという砂浜。

アパートの駐車場に出るとセミの声が聞こえる。日本では、夏の間ごく当たり前に聞こえるセミの声だが、英国やドイツでは聞くことがない。おそらく、中部ヨーロッパは、セミが生活するのには寒すぎるのだ。(その代わり、ゴキブリもいないので、ゴキブリ嫌いの僕にとっては助かるが。)

「セミって英語で何て言うの。」

と子供たちに尋ねる。ふたりとも知らないと言う。

「クリケットかな。」

「違うよ、それはイナゴよ。」

なんて話をしている。ふたりの名誉のために述べるが、息子は英国の大学を卒業したばかりだし、末娘は英国の大学で英文学を専攻しようとしている。ふたりとも一定レベル以上の英語の語彙は持ち合わせていると思われる。そのふたりがセミを英語で何と言うか知らないということは、とりも直さず、セミが英国において、いかに「縁のない生き物」であるかを表していると思う。ちなみに、後になって辞書で調べたが、セミは英語で「シケイダ(cicada)」と言うそうである。

ファラサルナの岬を見下ろす。ビニールハウスが見える。

 

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