最高のビール

 

ゴールに辿り着き、浜辺でくつろぐお姉さん。

 

一時間で谷を降り切り、そこからは谷底を歩くことになる。両側は数百メートルの高さの絶壁。絶壁に松の木が生え、あちこちに「松ぼっくり」が転がっている。

中間点の前で、三人連れの若い女性のひとりが怪我をしたのに出会う。足首を捻挫したらしい。馬を引いた若者が立ち止まって手当てをしている。その場所に小さな「渋滞」ができている。可哀想だが、助けてあげられない。何とか自力で乗り切ってもらうしかない。

二時間余りで中間点の休憩所に着く。そこには昔この谷に住んでいた人の家の跡があった。イチジクの木の下で、先に行ったワタルとスミレが待っていた。二十分ほど休憩をする。深い谷底なので、歩いていても日陰が多く、その意味では非常に助かる。炎天下ではもっと疲れが出てしまう。

中間点を過ぎると、谷がいよいよ狭くなる。指でVの字を作ったような谷底を進む。

「あそこ見て、ヤギよ。」

という女性の声。崖の数百メートル上方、わずかな窪みにこげ茶色のヤギが見える。どうしたら、あの場所へ辿り着けるのだろう。見当もつかない。谷はどんどんと狭くなり、一番狭い所では三メートルしかない。谷には澄んだ水が流れている。正午を過ぎて気温が上がり、ちょうど疲れてきた僕は、何度も谷川の水を頭からかぶる。

「マラソンの後半、給水所の水をいつもこうやって頭からかぶってたんだ。結構疲れが取れるよ」

とマユミに言う。

四時間半ほど歩いたとき、ふと海の匂いがした。まだまだ前方には山しか見えない。しかし、何となく活力が湧いてくる瞬間だった。

正味五時間四十五分で、マユミと僕は海岸に辿り着いた。子供たちはとっくの昔、三十分前に到着して、海岸で泳いでいた。僕も、海に飛び込む。最後の二キロほどは、谷から平地に出て、日差しを遮るものはない。おまけに下り坂が終わり、道が平坦となる。そこでかなりバテた。

ともかく、十八キロを歩き通せたことで「自信めいたもの」がついた。ピアノの先生のヴァレンティンが時々トレッキングに誘ってくれるが、これまで心臓に自信がないので断ってきた。ロンドンに帰ったら、彼の誘いに応じてみようかなと思う。上り坂さえ息が上がらないようにゆっくり行けば、大丈夫のような気がする。

ひと泳ぎした後、午後三時半、海に面したタヴェルナに入り、遅い昼食兼早い夕食と取る。まずビールをジョッキで注文し、四人で、

「お疲れさん。」

と乾杯をする。ビールが美味い。こんな美味しいビールはここ二年ほど飲んだことがない。やはり運動をした後のビールが最高なのだ。「スタッフド・トマト」(味付けご飯の詰まったトマト)を食べる。これもスパイスが効いていて美味い。快い充実感と達成感に浸る。

 

トレッキングの後、身体を冷やすために海へ飛び込む。

 

<次へ> <戻る>