黄色い滑り台

 

これがラグーン辿り着く方法その一。

 

二十分ほどで、城門に着いた。城門を潜ると上は平らでほぼ正方形、一辺が百メートルくらいあり、結構広い。ヴェネチアは当時トルコと地中海の覇権を争っていたわけなので、当然この城はトルコの水軍に対する見張りの場所だったのだろう。事実、ここからの見晴らしは素晴らしい。

「しかし、仮にこの場所で敵を発見しても、無線もない当時、どうしてそれを本土まで伝いえたんだろう。」

僕は呟いた。狼煙(のろし)を上げる?それとも手旗信号?そう考えると、疑問は尽きない。熊本県の天草で、敵の来襲を長崎まで知らせるために十数キロ間隔で狼煙台が作られているのを見たことがあるが。

ハイデルベルクの古城を、もっと険しく、もっと孤高にした感じ。僕の友人で、朽ち果てた古城が大好きで、英国中の「廃墟」を巡っている、ノリコさんという女性がいる。彼女に是非一度見せてあげたいような、なかなか味のある城だった。

下を見ると、マユミと子供たちが坂を登ってくるのが見える。もう彼らの他に登ってくる人間はいない。城門の所で待ち受けてカメラをスミレに渡し、自分はまたゆっくりと降りることにする。船が出るのは十三時十五分。後三十分後。

「乗り遅れないでね。」

マユミと子供たちに言う。乗り遅れると、明日までこの無人島に留まらなければならない。

浜で待っていると、しばらくして坂道を降りてくるマユミと子供たちが見える。無事出発五分前に船に戻る。船のデッキでは船員が羊の肉を焼いて「スブラキ」(串に刺した肉のバーベキュー)を作っていた。

船は十五分で向かい側、半島の先端にあるラグーンに着く。遠浅の砂浜なので、船は接岸することができない。船は岸から百メートルくらい離れた場所に碇を下ろし、三十人乗り位の、平底の「上陸用舟艇」的なボートがピストン輸送で客を砂浜に運んでくれる。ちょっと「ノルマンディー上陸作戦」的な風景だ。

この「上陸用舟艇」を使わないで上陸する別の方法がある。船から黄色い滑り台が降ろされた。飛行機の緊急脱出用シュートに似ているが、水面から二メートルほど上までしかない。この滑り台を使って海へポチャンと跳び下り、後は岸へ向かって泳ぐのだ。

「どっちにする?」

と家族で相談する。結局マユミとワタルは滑り台、スミレと僕は荷物を持ってボートに乗ることになる。マユミとワタルが岸に向かって泳ぎだしたのを見送って、僕とスミレは両手に一杯荷物を持ってボートに乗り込んだ。

砂浜に上陸する。砂浜と山で囲まれた湖のようなラグーンが出来ている。砂の色は少しピンクがかった白、海の色は薄い緑色。先週訪れ、「地上の楽園的」と書いたエラフォニシとよく似た感じ。ここは店も何もない。ただ砂浜と岩山があるだけだ。

 

そして、これがその二。この海の色!

 

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