楓は日本の木

 

楓の葉を通して差す日光が美しい。日本を感じてしまう一瞬。

 

 暖かい夕方だった。前回もそうだったが、僅か飛行機で一時間飛んだだけなのに、ドイツは英国に比べずいぶん暖かい。その日も最高気温が三十度近くまで上がり、夕方の七時ごろになっても、まだ二十五度くらいはある。カロラとクリスティアンと僕は、庭に椅子を持ち出し、飲み物を片手に話をしていた。

 カロラは楓を集めている。楓はドイツ語では「アホーン」という。鉢植えや、庭に直接植えられたもの、合わせて五十本はあるだろうか。高さは一メートルくらいのものが多い。

「五年後にこれらの木が全部成長したら、ジャングルみたいになって、庭がなくなってしまうんじゃないの。」

と僕が心配して聞くと、楓の成長は極めて遅いから大丈夫とのこと。一メートルくらいの高さの木も、既に十年近く経っているのだそうだ。また盆栽のように小さなままにしておく技術もあるという。

それぞれの木に名前がある。(これは車のようにカロラが勝手に付けたものではなく、正式な種類の名前らしい。)

「これが『ベニコマチ』でしょ。あれが『シシガシラ』でしょ。それから・・・」

何と全て日本の名前なのだ。

「あら、楓は日本のものなのよ。」

とカロラ。高いものでは一本五万円くらいしたのもあるらしい。「ベニコマチ」とは「ドゥンケルローテス・シェーネス・メドヒェン」(濃い赤い色をした美少女)であり「シシガシラ」とは「レーヴェン・コプフ」(ライオンの頭)であると、今度はその意味をドイツ語で僕が説明する番だ。一部、いい加減な訳もあったが。

 木によって色々な色彩と葉の形があり、並んでいると微妙に違う色のコンビネーションが面白い。逆光で見ると、葉の間を抜けたり透けたりする、夕方の太陽の光が美しい。二週間前に雹が降り、かなりの木で被害が出たという。カロラは、木の先の若い葉がボロボロになった木を何本も見せてくれた。カロラがぼやいていると、

「来年になったらどうせまた新しい葉が生えてくるんだから。」

とクリスティアンがいつもの調子で慰めている。

 カロラの家の庭に二時間ほどいた。久しぶりに昔の仲間とのんびり時間を過ごせて楽しかった。帰り道、高速道路まで、クリスティアンが先導してくれることになった。カロラは村から「町」へ引っ越しと言ったが、表通りに出ると、ゆっくりと走るトラクターに前をブロックされてしまった。大きなトラクターで幅があるので、追い越しもかけられない。

「どこが町やねん。」

と呟く。仕方なくクリスティアンの車と僕の車はトラクターの後ろをノロノロと付いていく。十分ほどトラクターの「お付」をした後で、高速道路の手前でやっとトラクターをやり過ごす。ホテルに帰ったのは九時二十分。まだ太陽が照っていた。

 

飛行機の上から見たライン河。結構船が走っている。

 

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