地獄の特訓

ホテルから見たギザの街。

 

 最近は余り見ないが、かつて「地獄の特訓・お宅の社員を一騎当千の営業マンにしてお返しします」という広告が新聞によく出ていた。その「特訓」の内容も紹介されていたたが「深夜二十キロ行進」なんてものから、「セールス烏訓練」などという、訳の分からないものもあり、訳が分からない分、「地獄の恐ろしさ」が伝わって来るようだった。

火曜日と水曜日は、会社の「マネージメント研修」があるのだが、僕は冗談で「地獄の特訓」と呼んでいた。別に「深夜二十キロ行進」があるわけではない。中間管理職に「部下との上手な付き合い方」、「時間の上手な配分の仕方」なんかを教える、ごくごく普通の研修なのだが。しかし、少なくとも、僕にとっては時として「地獄」になる。と言うのは、これまで数回同じような研修を受けたが、その際、模擬面接や、ディベート、プレゼンテーションなどを、こちらでは当たり前のことだが、全て英語で行わなければならないからだ。英語を母国語とする人たちに混じって、僕がディベートを挑んで勝つチャンスは皆無にしても、とにかく一日英語を聴き、話すのは、僕にとってかなりの苦痛なのだ。

しかし、昨今、従業員の国際化の波は、うちの会社の中間管理職にも及んできたと見える。今回ポーランド人の倉庫主任がふたり参加していた。これで、僕を入れて、英語を母国語とて話さない人たちが三人。講師や参加者にもそれに配慮する雰囲気が出来て、今回はかなり助かった。参加者の一人がプレゼンテーションのとき、オーバーヘッド・プロジェクターの資料を裏表逆に置いてしまった。本人はまだ気がつかない。

「おーい、ポーランド語になってるぞ。」

誰かが叫ぶ。ぐっと楽になったとはいえ、水曜日、二日間の研修の終えた後、僕は精神的に疲れ果てていた。

木曜日の朝、慌てて荷造りをする。と言ってもスポーツバッグひとつに着替えと薬と本とCDプレーヤーを入れただけ、十分もかからない。午前十時の出発まで、まだ少し時間があるので、近くのプールへ行き、ゆっくりと少し泳ぎ、疲れを取る。

十時前にさあ家を出ようとすると、電話が鳴る。受話器を取ると息子だ。

息子:「パパ、緊急事態。」

父:「金かい。」

息子:「すっからかんなんだ。百ポンドほど送ってくれない。今週末ドイツへ行くんだけど。」

父:「二週間前に、誕生日の祝いで余分に百ポンド送ったところなんだけど。」

息子:「今度はローンでいいから。返すから。」

父:「お前に貸すローンを『サブプライム・ローン』って呼ぶって知ってる。お前に貸した金は『トキシック・アセット』(回収不能債権)になるってことも。」

そんなことを言いながらも、結局金を振り込む破目に。時間がないので、インターネット・バンキングで慌てて金を送る。運の良い奴め。後五分遅かったらお金にありつけなかっただろうに。

カイロの夕暮れ。

 

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