盗まれた夜

原題:Der Gestohlene Abend

2008

 

 

<はじめに>

 

 恋愛小説?キャンパス小説?推理小説?教育制度批判?どの範疇に入るのか良く分からない。(そもそも小説を範疇に入れてしまうことが無意味としても。)読んでいて、筒井康隆の「文学部唯野教授」を思い出した。この作品は喜劇ではなく悲劇であるが。

 

 

<ストーリー>

 

 一九八七年九月、マティアス・タイスはドイツ政府からの奨学金を得て、南カリフォルニアにあるヒルクレスト大学にやって来る。彼の専攻は文学、キャンパスの中にある寮に住み始める。十代のころ水泳をやっていたマティアスは、毎朝大学のプールで泳ぐ。そこで、ひとりの魅力的な女子学生と顔見知りになる。

 ヒルクレスト大学は文学部が有名、特に文学理論研究所の「INAT=Institut für neue Ästhetische Theorie」は当時の文学研究のメッカであった。戦後の米国における文学理論界の重鎮、ベルギー人のジャック・デ・ヴァンダーの流れを汲む研究所は、現在、デ・ヴァンダーの弟子、マリアン・カンダル・カルタースを中心に運営されていた。マティアスはその研究所で学ぶことを希望するが、大学の規則では、一年だけの留学生はそこでは勉強できないと言われる。マティアスは仕方なく、別の講座を取る。彼が取った映画理論のコースで、彼はプールでいつも出会う女子学生と一緒になる。彼女はジャニー・ウチノという名前であった。

 マティアスはジャニーに好意を持ち始めるが、彼女には既に付き合っている男性がいた。その男性、デヴィッド・ラベルは、恋敵としてはかなり強敵、INATに属する大学院生で、将来を嘱望されている若手研究者であった。

 ある金曜日の夜、マティアスは他の学生達に連れられてパーティーに出かける。豪華な邸宅でのパーティーで、彼はジャニーを見つける。パーティーの後、マティアスとジャニーは彼女の車でキャンパスまで戻る。マティアスはジャニーを寮まで送った後、自分の部屋で彼女のことを考え、眠れない夜を過ごす。

 マティアスが最初の学期にそのゼミを取ったバーストロー教授は、マティアスの教養と熱意に打たれ、彼を特別にINATに推薦してもよいと告げる。マティアスはその提案を喜んで受け入れる。

 マティアスとジャニーが次にプールで出会ったとき、ジャニーは「クイックターン」を教えてくれと頼む。マティアスは彼女の身体を支えながら、ターンの技術を教える。その後、ふたりは一緒に朝食を取る。

 ジャニーは何となく秘密に満ちた女性であった。「クイックターン」を教えてから十日間、彼女はキャンパスから姿を消してしまう。十日後、彼女は突然マティアスに電話をかけ、彼を映画に誘う。冷房の効きすぎた映画館で、一緒に毛布に包まってドイツ映画を見た後、彼らは車の中でキスをする。

 次にふたりがプールで会ったとき、ふたりは着替え用のキャビンでセックスをする。マティアスは彼女とデヴィッドの関係について質問するが、デヴィッドの話になると、彼女は不機嫌になり、話題をそらせてしまう。

 INATの中心人物、マリアン・カンダル・カルタースの面接を受けたマティアスは、彼女の主催するゼミへの参加を許される。マリアンの部屋で面接を待っているとき、デヴィッドが部屋に現れ、ふたりは初めて言葉を交わす。

 デヴィッドがシェークスピアのソネットについて講演をすることになった。その夜、文学部の教授や学生たちは講堂に集まる。デヴィッドの講演はそれなりに説得力のあるものであり、観衆から喝采を浴びるが、その分析手法は、INAT、デ・ヴァンダーのものとは正反対であった。それに気付いたマリアンは、講演が終わるのを待たず、憮然として会場を立ち去る。

 ある金曜日の夜、マティアスが独りで部屋にいると、ジャニーが訪ねてくる。彼女は、デヴィッドと自分は別れた、デヴィッドはアパートを出て行ったと告げる。マティアスとジャニーは夜を過ごし、翌日も海辺へ出かけ、一緒に週末を過ごす。

 マティアスはマリアンの授業に出る。テーマはドイツの作家クライストであるが、解釈手法はデ・ヴァンダーの理論を基にしている。マティアスはその理論が難しすぎてよくわからない。マティアスは壁に突き当たったと感じる。

図書館で勉強していたマティアスは、デヴィッドに呼び止められる。デヴィッドはマティアスを図書館の一角にあるデ・ヴァンダーの文献を集めた書庫へ連れて行き、そこでデ・ヴァンダーの講演したビデオを見せる。また、デヴィッドは、オランダ語の記事の翻訳をマティアスに頼む。それは「反ユダヤ主義」を扇動する記事であった。

 デヴィッドによるマティアスへの奇妙なアプローチは続く。デヴィッドは週末にマティアスをドライブに誘い、彼にハート・キャッスルを見せる。そこは大金持ちが、金に飽かせてヨーロッパの美術品を寄せ集めて作った、全てがごちゃ混ぜの、奇妙な世界であった。

 翌日マティアスはそのドライブのせいで、ジャニーとの約束の時間に遅れてしまう。マティアスがデヴィッドといたことを知ったジャニーは、その日を境にマティアスに冷たい態度を取り始める。

 ある夜、マティアスはジャニーと和解をするために、彼女の寮へと向かう。しかし、彼女の部屋の前にデヴィッドの車が停まっているのを見て、彼女の部屋をノックするのをためらう。部屋の灯りが消えたのを見て、彼は自分の寮へと引き返す。

 その時、マティアスは図書館から煙が上がっているのを見つける。消防車が到着し、火事は消し止められる。火元はデ・ヴァンダーの書庫、そこで焼死体が見つかる。それはデヴィッドのものであった。デヴィッドの車から、ガソリンの入った容器が発見され、デヴィッドは書庫に火をつけた後、焼身自殺を図ったものと推測される。ジャニーはショックで病院に運ばれ、そのまま両親に引き取られて大学を去る。

 マティアスは警察に呼ばれ、質問を受ける。亡くなったデヴィッドは、死の直前、全ての友人たちとの接触を絶っていた。マティアスとジャニーが、デヴィッドの死の前に話した数少ない人間であった。マティアスは正直に事情を話す。しかし、何故、デヴィッドがデ・ヴァンダーの書庫に火を放ったかの動機は、友人達にも、大学関係者にも、未解決のまま残る。

 数日後、マティアスはニューヨークタイムズの記者、ロジャー・レーマンの訪問を受ける。デヴィッドは亡くなった翌日、ニューヨーク経由でイスラエルに旅立つことになっていた。ニューヨーク滞在中に、デヴィッドは「盗まれた夜」の件で、レーマンに会いたいとの手紙を送っていた。レーマンは、デヴィッドの手紙から、彼の死の背景に興味を持ち、調べているとのことであった。マティアスはレーマンと取引をする。彼は、自分の知っていることを全て話す代わりに、ジャニーの居所を調査してくれるようにと。

 マティアスはクリスマス休みにベルリンに帰ることになる。帰省中も彼は「盗まれた夜」が何を意味するのかをずっと考えていた。ベルリン滞在中、彼の元に電話がかかる。ジャニーからであった。ジャニーは今ひとりでパリに滞在しているという。マティアスはパリを訪れる。ふたりは失った時間を取り戻すように愛し合う。

 パリで暇つぶしに図書館を訪れたマティアス。そこで、彼はついに「失われた夜」についての糸口を発見する。それは第二次世界大戦中、ベルギーで発行されていた新聞の記事であった。そしてその記事には紛れもなくジャック・デ・ヴァンダーの署名があった・・・

 

 

<感想など>

 

 この小説のテーマのひとつは、間違いなく、大学における「権威主義」への批判であろう。舞台となるヒルクレスト大学では、文学理論研究所であるINATとそのメンバーが権力を握り、学内の要職を占めている。また、INATは一種の宗教的な結社のようでさえある。そして、その教祖として、半ば神格化されているのが、ベルギー生まれの故ジャック・デ・ヴァンダー教授である。そして、大学の中には、リベラルな研究精神というより、自分たちの権威と権益を守ろうとする思惑が渦巻いている。

 主人公のドイツ人留学生、マティアスは、最初そのINATに憧れ、一度は拒絶される。しかし、バーストロー教授の推薦のお陰で、その中に入ることができる。留学生という少し離れた立場から、このINATの輪郭が語られている。山崎豊子が「白い巨塔」で大学の医学部の本質と腐敗を描こうとしたように、米国の一流大学の裏話の暴露ということろか。文学部の裏話を書いた作品には「文学部唯野教授」があったが、それともかなり似ている。

同時に、米国の大学の、きわめてビジネスライクな経営方針も語られている。留学生の取れる講座はしっかりと決められている点から、大学内の駐車違反の取り締まりに至るまで。全てがマニュアルにのっとり、工場のように処理されている。

 

 前述の「文学部唯野教授」では、同教授による文学理論の講義風景を通じて、文学理論の「うんちく」が延々と語られている。この「盗まれた夜」でも、文学の持つ意味、文学作品の持つ意味について、学生の間で、また学生と教授陣の間で、同じく延々と文学論が展開される。それは、文学作品の解釈というのではなく、文学とは何かというかなり本質的な議論である。一九八七年という設定になっているが、一口で言うと、

「本はそれ自体に価値があるのではなく、読まれることによって初めて価値を持つ。」

そんな議論が中心になっている。このあたり、大学の文学部を舞台にしている以上は避けて通れない道なのかも知れない。

筆者も大学時代、一度このあたりを勉強したのであるが、もうすっかり忘れてしまっている。ともかく、今回は、その議論の部分は、ほとんど深く考えないで読み飛ばすことにした。この本をもう一度熟読し、「唯野教授」の本も読んで、文学理論の歴史を復習したいものである。

 

「盗まれた夜」という言葉、デヴィッドが使い、その裏に何かが隠されているのかが、この物語の最大のポイントとなっている。

 デヴィッドは、週末一緒にドライブに行こうとマティアスを誘う。勉強が忙しいからとマティアスが一度断ると、自分と時間を過ごすことは、図書館にこもっているより勉強になるとデヴィッドは言う。確かにそれには一理ある。デヴィッドはINATのメンバーであり、そこで何が教えられているのか熟知しているからである。

「どうして僕にそんなことを。」

というマティアスの問いに対して、デヴィッドは、

「俺が君から盗んだ『盗まれた夜』に対するお返しのためさ。」

と答える。その直前、マティアスはデヴィッドに、オランダ語に記事を翻訳してやっていた。

 次に「盗まれた夜」が現れるのは、それがニューヨークタイムズの記者に対する手紙のタイトルに使われている場面である。デヴィッドは何かを知るに至り、それを新聞に暴露しようとしている。記者とのアポイントを取ろうとした手紙、そのタイトルが「盗まれた夜」なのである。

 その意味を、マティアスは、米国のカリフォルニア、ドイツのベルリン、フランスのパリ、ベルギーのブリュッセルと追って行く。その過程は、まさに推理小説と言ってよい。

 

 この小説、語り手はマティアス、ドイツ人留学生であるが、彼によって文学部の若きエース、デヴィッドの最近の不可解な行動が語られる。デヴィッドが間接的であるが第二の主人公である。そして、そのデヴィッドが調べ上げたデ・ヴァンダーの過去が徐々に明らかになるわけで、デ・ヴァンダーが第三の主人公と言える。

ジャニーという女性、彼女はマティアスやデヴィッドを、不正直である、不誠実であるとなじるが、この女性が一番不正直で不誠実なような気がする。作者は、美しく、聡明で、スポーティーな女性として描こうとしているようだが、どうも最後まで彼女を好きになれない。

 

ドイツの小説の常として、ヒトラーの時代、ユダヤ人問題を扱っている。面白いのは、デ・ヴァンダーの若い頃の反ユダヤ主義思想を知ったときの反応の違いである。デヴィッドは失望し、デ・ヴァンダーのあらゆる思想から離れようとする。ジャニーは「若き日の過ち」は、後年の業績を汚すものではないないという考え。デヴィッドは、実はユダヤ人なのである。かつてナチスの思想に心酔したり、ナチスの政策に協力した者は、一生涯その責任を取り続けなければならないのか、考えさせられるところである。

 

色々なテーマを取り扱うのはよいが、あまり欲張ると作品に取り止めがなくなるという、そんな教訓を残す小説であった。

 

20102月)

 

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