イツ人はドイツ語を話す外国人に限り親切

ユッヘンの村にあった可愛い民家。

 

 ホテルで食事をした僕は、村を少し散歩してみることにした。既に時間は午後八時四十五分であるが、外はまだ散歩できる程度には明るい。この辺りは「中部ヨーロッパ時間」を使うヨーロッパ主要国の西端になるので、夕方は結構遅い時間まで明るいのである。村の畑と牧草地の間を散歩する。時々牧草地からは「田舎の香水」の臭いがしてくる。この辺りはドイツでも平らな場所で、地平線が見える。遠くの火力発電所から白い湯気か煙が濛々と上がっている。

 その日は十時前に眠ってしまい、翌朝目が覚めたら六時だった。珍しく八時間、ノンストップで眠った。自宅でもこんなことは少ない。出張先の第一夜は、いつも眠りが浅いものなのだが。まだ少し薄暗いが二十分ほど散歩をする。外は結構寒い。

七時に朝食を済ませる。出掛けに、朝食係のポーランド人の女性が言った。

「今日は、レストランとバーが休みの日だから、どこか他で食事をしてきてね。それと、玄関は鍵がかかっていると思うから、これを使ってね。」

お姉さんは、鍵をもうひとつくれた。赤いポロのところへ行くと、窓ガラスが凍り付いていた。車の中にあったプラスチックの「氷掻き」でガリガリと氷を落として出発する。四月ももう半ばなのに、こんな作業をするのは珍しい。

 七時半から仕事を始め、昼食はクリスティアンと雑談をしながら「ポスト」の食堂で食べる。七時まで働く。退社後会社の近くの中華料理店に寄り、ワンタンスープと焼きソバを食べ、車でホテルに戻る。

玄関の鍵を開けて、階段を上がると、ロビーで三人の男性がビールを飲んでいた。「グーテン・アーベント(こんばんわ)」と互いに挨拶を交わす。

「どうしたんですか、そのビール。今日はこのホテル、食堂もバーも休みでしょ。」

と聞くと、仕事の帰り、途中の街のスーパーで買ってきたとのこと。

僕はその後、着替えてまた散歩に出た。八時半であるが、天気が良いのでまだまだ明るく、気持ちの良い散歩だった。

九時過ぎに散歩から戻ると、ロビーの三人は、部屋に引き上げたのか、もう姿が見えない。僕が部屋に入ろうとすると、ドアの前にビールが一本立っているではないか。彼らが、一本を残して、僕のために置いておいてくれたのだ。栓抜きがなかったので、開けるのに少し苦労したが、僕は部屋で、そのビールを飲んだ。

しかし、気の利く人たち、親切な人たちである。僕はその親切の背景を知っていた。それは、僕が最初ドイツ語で話しかけたからである。ドイツ人は、ドイツ語を話す外国人対して、とことん親切なのである。僕はドイツにおいて、ドイツ人に親切にしてもらった記憶しかない。だから、僕はドイツ人とは基本的に外国人に親切な民族だと思っていた。しかし、僕の日本人の知人には、ドイツでドイツ人に親切にしてもらったという人が少ないということを知った。やはりその土地の言葉で話すことが大切なのである。

 

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