「北風に耐えて」

原題:Gut gegen Nordwind

2006

 

 

<はじめに>

 

 ダニエル・グラッタウアー(Daniel Glattauer)は、一九六〇年、オーストリア生まれの作家である。今回初めて、彼の作品を読んだ。と言うより、オーディオブックで聴いた。いつもは一度読んだ本を、出勤途中の車の中、オーディオブックで聴きなおすというパターンが多いのであるが、今回は「読む前に聴いた」のである。なかなか面白く、最後の方は、もう少し聴いていたいために、家に着いても車を降りたくなかった。

 物語は、全て交換されるEメールで構成されている。日付が入っているのは、最初のメールだけ、その後は、「何秒後、何分後、何時間後、何日後」という時間の経過だけ。「件名」が後に続き、そしてメールの本文が来る。信じられないくらい長いメールもあれば、一言だけのメールもある。日記の体裁をとったり、往復書簡の体裁をとった小説はこれまでにもあったが、Eメールというのはおそらく初めてかも。

 

<ストーリー>

 

 レオ・ライケは一月十五日、エミ・ロートナーという女性からメールを受け取る。定期購読している「ライク・Like」という雑誌を解約したいという内容だ。その後も、同じようなメールを何回もエミ・ロートナーはレオに送ってよこす。発信者がアドレス帳に雑誌の「Like」と自分の名前の「Leike」を間違って登録していると確信したレオは、その旨を発信者に伝える。エミ・ロートナーはレオに対して謝罪のメールを送る。

 その年の暮れ、「メリー・クリスマス、ハッピー・ニュー・イヤー」と書かれたエミ・ロートナーからのメールが、レオに届く。どうやら、エミなる女性が、客か友人に年末の挨拶を大量送信したときに、間違ってレオのアドレスもそこに混ざっていたらしい。

「親愛なるエミ・ロートナー殿。貴殿のことは何ひとつ知らないと言ってよい立場なのですが、ともかく独創的な大量発信メールによるメリー・クリスマスのご挨拶をいただいたことに対し、心より感謝いたします。正直言うと、大量発信メールは大好きなのです。特に、その宛先のグループに自分が属していていない場合は。レオ・ライケ」

そんなメールをレオはエミに送って返す。エミがそれに対してまた謝罪のメールを送る。そして、その中で自分が余りにも早くキーを叩くため、ときどきスペルの間違いを犯してしまうと言い訳をする。それに対してレオがコメントを返し・・・そんなことを繰り返しているうちに、ふたりは相手に対して興味を持ち始める。そして、ふたりは急速に親密になっていく。もちろん、ふたりの関係はメールの世界だけに限られているのであるが。

 ふたりがメールの交換を始めて数ヶ月経ったある日、ふたりは会うことを考える。しかし、通常の出会いではなく、ゲーム形式で。日曜日の午後三時から五時の間に「メッセ・カフェ・フーバー」にふたりが現れる。そして、お互いに自己紹介することなく、混みあったカフェの中で、相手を見つけ出そうというゲーム。

しかし、エミは、レオと思しき男性を発見することができなかった。レオはエミと思われる三人の女性を見つける。エミは自分がその三人の「候補者」の一人だと認めるが、その中の誰であるかはレオに明かさない。なぜ、エミはレオを見つけることができなかったか。実は、レオは「偽装」のために妹と一緒にカフェへ行き、カップルを装ってエミの注意を逸らしたのである。エミは、「単独」で現れた男性しか、チェックしていたかったのだ。結局、ふたりはお互いの顔を知らないまま、再びメールの交換を続けることになる。

 レオはかつてマルレーネという女性とつきあって、真剣に結婚を考えていた。十二月、彼はマルレーネに求婚をするために会おうと連絡し、その返事を待っていた。緊張した待ち時間、そこへエミからの「メリー・クリスマス」メールが来たのであった。そして、結局マルレーネからの返事は来なかった。

レオは母親を亡くす。その葬儀に現れたマルレーネと会う。それがきっかけで彼女と再い始める。エミはその様子をやきもきしながら聞いている。しかし、レオとマルレーネの関係が修復されることはなかった。エミはそれを聞いてホッとした気分になる。

 エミはベルンハルトという名の夫と、十六歳の娘、十一歳の息子と一緒に住んでいる。エミは自分のことを「幸せな結婚生活を送る妻」と表現するが、レオはその言葉の裏にある、エミの不満を敏感に感じ取る。

 エミは自分の友人ミアを、レオに紹介する。レオはミアと会い、何度かのデートの後、一度はミアと一緒に寝る。しかし、エミは自分が紹介しながら、自分が嫉妬を感じていることを知る。また、レオもミアも常に、エミの「影」が自分たちの上を覆っていることに気がつく。ふたりは会うことをやめ、エミとレオの文通は、これまでにも増した密度で続くことになる。

 夫と子供が留守にしている間、ワインを飲みながらメールを書いていたレオとエミは、ひとつのゲームをする。それはお互いの留守番電話にメッセージを入れあい、お互いの「肉声」を聞こうというものであった。お互いに声を聞いた後、ふたりはお互いの関係がぬきさしならぬところまで来ていることに気がつく。しかし、彼らは一度も顔を合わせたことがないのであるが。

 レオとエミが、メールでお互いの「愛」を確認し始めたある日、レオは「ベルンハルト・ロートナー」という人物から長いメールを受け取る。エミの夫からであった。ベルンハルトはエミとレオのこれまでのメールを全て読んだとレオに告げる・・・

 

 

<感想など>

 

 最初に、結末について書いてしまうのは、これから読む方の興味を殺ぐかも知れない。しかし、最後の一文で、なかなかショッキングで、唐突で、しかも考えさせ、余韻を残す結末であった。この後、どうなるのだろうと、つくづく考えてしまう結末。なかなか良い。

 レオとエミは最初、「間違いメール」という偶然からメール交換を始める。最初は、お互いを「あなた」と呼んでいる。不思議なことに、レオとエミは親密になってもあ、最後まで相手のことを親しい呼びかけで「おまえ」「きみ」「あんた」に当たる「du」ではなく、「あなた」に当たる敬称「Sie」で呼んでいるのである。何か変に感じたが、この辺りが「近くて遠い」というEメールというメディアの特徴を表しているのかも知れない。

 オーディオブックでは、エミのメールは女性の声で、レオのメールは男性の声で朗読されていた。これは分かり易くてよい。後から注文した本が届き読んだが、本で読むと、あまりにもメールの遣り取りが頻繁なので、どれがどちらからのものなのか、一瞬迷ってしまう。レオは青、エミは赤というように、印刷の色を変えて欲しいくらい。オーディオブックのように、違う声で語られていれば、そんな困り事はない。

 基本的に、恋愛物のルールに沿って書かれている。どちらかが積極的になると、どちらかが引き、それを繰り返すうちに、関係が徐々に深まっていくというパターン。そして、何度か会おうという話はでるが、直前で何らかの事件があり結局は会わないままなる。つまり「すれちがい」。そんなお約束事が鼻に付かないわけではないが、それを超越するようなふたりの強烈なキャラクターと、ウィットに満ちた表現で、どんどんと先へと読ませていく。

 タイトルの「北風に耐えて」はエミの次のメールによる。

「・・・わたしは今夜眠れないの。北風についてあなたに話したことがあったっけ。窓から吹き込んでくる北風にわたしは耐えられない。それについてあなたが何か書いてくれると嬉しいんだけど。例えば『じゃあ窓を閉めたら』とか。そうしたらわたしは、窓を閉めるとかえって眠れないの、と書くわ・・・」

このメールの後、自分たちが逆境にあるときは「北風」という言葉がよく使われる。しかし、ドイツやオーストリアやスイスには、夜窓を閉めないで、眠る人がよくいるのである。冬でも窓を開けっぱなしで仕事をしている同僚もよくいた。基本的に、ゲルマン民族は寒さに強いのである。

 とにかく、余りにも「余韻を残しすぎた」終わり方、続編が欲しい。

 

20098月)

 

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