「永遠にあなたの」

Ewig Dein

2012年)

 

 

<はじめに>

 

ストーカーの話である。ストーカー役のハネスという男、彼は「外堀を埋める」名人である。ユーディットがいかに抗っても、彼はユーディットの友人、家族を徐々に巻き込み、彼女の「外堀」を確実に埋め、彼女の行き場をなくしていく。

<ストーリー>

 

ウィーン。復活祭前で混雑するスーパーマーケットのチーズ売り場、ユーディットはひとりの男性に足を踏まれる。詫びる男性。ユーディットはその男性とまたレジで出くわす。彼が大量のバナナを買っているのを見て、ユーディットはその男性を「バナナマン」と名づけ、数人の子供のいる父親だと想像する。
 ユーディットは三十三歳、父母から譲り受けたランプの店を経営している。店で働くのは見習いの少女ビアンカ。両親は離婚、弟のアリは一応写真家だが、身重の妻を抱えて失業中であった。
 友人の誕生パーティーの後、バーでユーディットは「バナナマン」と再会する。彼、ハネスはユーディットに

「一度コーヒーでも一緒にどうですか。」

と尋ねる。ユーディットは社交辞令でオーケーと答える。翌朝早速彼がユーディットの店を訪れ、ふたりは昼休みにカフェで落ち合う。ハネス・ベルクターラーは四十二歳、薬局専門の設計士であった。ユーディットはハネスに好意を持ち始める。
 ユーディットは友人たちとのパーティーの席で、
「最近、ちょっと気になる人がいるの。」
と告白する。友人たちは、
「それならここへ呼べよ。」
とけしかける。ユーディットが電話をするとハネスは直ぐにやってきた。彼は、ユーディットの友人たちにも気持ちよく受け入られる。
 ユーディットはハネスから「理想の女性」と告白され、有頂天になる。彼らはほとんど毎日会い、ベッドを共にする。ユーディットはハネスの強引なペースに戸惑いながらも、彼に魅かれていく。
 ユーディットは週末に母親と一緒に田舎に住む弟を訪れることになる。最初彼女はハネスを同行させるつもりはなかったが、彼は強引について来る。初めてハネスと会った母親は彼を気に入り、弟もその家族も彼を受け入れる。弟の家を彼ら姉弟の幼馴染であるルーカスが訪れる。ユーディットはルーカスと親しく振舞う。それを見ていたハネスは子供のように嫉妬を始める。ユーディットは、ハネスが独占欲と嫉妬心の強い男であることに気付く。
 ハネスはドイツで行われるセミナーに出席するため、一週間ウィーンを離れると告げる。これまで、彼のあまりに濃厚なアプローチに少し疲れ始めていたユーディットは、それを聞いて内心ホッとする。数日後、見習いのビアンカは、ドイツにいるはずのハネスを通りで見かけたとユーディットに告げる。その夜、友達と一緒に夜を過ごし、ユーディットが遅くなってアパートに戻ると、ドアの前にしゃがみこんでいる男がいた。ユーディットは驚き、大声を挙げる。それはハネスであった。ハネスは、ユーディットと気持ちを試すために、自分はドイツに行っていると嘘をつき、実はユーディットを見張っていたことを告げる。
「自分の趣味、いや、自分の生き甲斐は人を驚かせること。」
とハネスは述べる。怒ったユーディットは彼を追い返す。翌日、彼女は失業中の弟にハネスが仕事を世話したことを知る。
 ハネスはユーディットと和解するために一緒にベニスへ行こうと告げ、二人分の飛行機の切符を彼女見せる。ユーディットはオーケーして、ふたりはベニスで数日を過ごす。しかし、ハネスの余りにも周到さを好きになれないユーディットは、彼と別れることを提案する。
 一度は分かれることに同意したように見えたハネスだが、ウィーンに戻ると、ユーディットに花束と、SMSを送り続ける。黄色いバラの花束には「・・・」という奇妙なメッセージが付けられていた。届けられた花束の受け取りをユーディットが拒否すると、次の花束はハネスに頼まれた彼女の友人によって届けられた。 届けられた花束は全部で五個。

頭に来たユーディットは、

「もう私のことは放っておいて」

とハネスの留守電にメッセージを入れる。数日後、ユーディットは自分の誕生日を祝うために弟夫婦を訪れる。そこで、母親と弟に「びっくりさせるような誕生日のプレゼント」があることを知らされる。そのプレゼントとは、離婚した母親と父親が再び付き合いだしたという事実であった。ユーディットはそのきっかけを聞いて驚く。ハネスがふたりの間を取り持ったのだという。黄色い五つの花束はハネスも入れた「家族」を暗示していたのだ。ユーディットが友人たちに会うと、彼等も一様にハネスの訪問を受け、ハネスに自分とユーディットの仲を修復するために協力することを約束させられていた。

頭に来てウィーン戻ったユーディットは、ハネスに会い、

「もう自分につきまとわないで。」

と言う。数日後、ユーディットの店に一通の手紙が届けられる。それはハネスからのものであり、そこには朝から晩までのユーディットの行動が一部始終記録されていた。ハネスはユーディットをずっと見張っていたのだった。ユーディットはハネスの行動に不気味なものを感じ始める。

 ユーディットはハネスと話をつけようとして電話をかけるが、彼は会社にも出勤しておらず、携帯電話にも出ない。最後にユーディットはハネスが入院していることを知る。ユーディットは幼馴染のルーカスに悩みを打ち明ける。すでに結婚しているルーカスであるが、親身になってユーディットの相談に乗る。ある夜、ユーディットがアパートに戻ると、ドアに死亡通知が貼ってあった。ユーディットはそれをハネスのものだと考え、パニックになるが、実はそれは隣人の老人の死去を告げるものであった。

 ユーディットは見習いの少女ビアンカのボーイフレンドバスティに、ハネスを尾行して、ハネスの身辺を洗うように依頼する。

 ユーディットは夜中に、ハネスの声を聞くようになる。その結果睡眠不足と神経衰弱に陥ったユーディットは、交通事故に遭い病院に運ばれる。そして、神経科の病棟に入院して治療を受ける。

 彼女の入院中、彼女の店に古くからある、バルセロナ製の風鈴の形をしたランプが売れたという。買ったのはイザベラ・ペルマーゾンという女性。しかし、その女性は店には現れず、依頼を受けた運転手が取りに来たという。

 数日後退院したユーディットは、ハネスからの手紙を受け取る。そこで彼はこれまでしたことを悔い、彼女に詫びる。ユーディットは彼を許す気になり、彼女の心は次第に晴れる。ユーディットは友人たちを呼び、自分の快気祝いのパーティーをする。ハネスも呼ぶが、彼は結局現れない。その夜、ユーディットは夜中に再びハネスの声を聞く。彼女はパニックに陥り、精神安定剤を大量に飲み、再び錯乱状態になり病院に運ばれる。

 今回、ユーディットが錯乱しているのを見つけ、病院に運んだのは、心配して彼女の様子を見に来たハネスであった。入院中、退院後、ハネスはユーディットをしばしば訪れ、世話を焼く。

 ハネスの行動を見張るように依頼されていたバスティから奇妙な報告が届く。ハネスが自分のアパートに戻っても、彼の部屋には灯りが点かないという。最初、ユーディットはそのことを気に留めないでいた。

 ユーディットの担当医ジェシカ・ライマンは、ユーディットに、心の結び目を解くためには、一番最初から順にしなければならないと告げる。ユーディットは最初の、ハネスとのスーパーマーケットでの出会いを思い浮かべる。彼は大量のバナナを買い、それを隣人の足の不自由な子持ち未亡人に頼まれたと言った。ユーディットはバスティに、ハネスのアパートに足の不自由な未亡人が住んでいるか調査するように頼む。果たして、そのアパートには、足の不自由な未亡人も子供も住んではいなかった。

 ユーディットは、バルセロナ製の風鈴型のランプを買った、「イザベラ・ペルマーゾン」という名前をどこかで見たような気がしていた。ある日、その名前をどこで見たかを思い出す。ユーディットは、自分が陥ろうとしている罠に気がつく。彼女は、ビアンカとバスティの助けを借りて、反撃に移る・・・

 

<感想など>

 

 グラッタウアーの書き方は軽い。ユーモアに満ちている。ハネスのアパートに「足の不自由な未亡人」がいるかどうかを調査したビアンカは、

「未亡人はいるけど、多分足は不自由でないと思う。」

とユーディットに告げる。どうしてかと問われると、

「彼女は昨年ニューヨーク・シティー・マラソンに出た。」

と言う。このような、ギャグがふんだんに混ぜられている。

また、表現や比喩も秀逸。例えば、ルーカスとアントニアが入院中のユーディットの見舞いにきたとき、

「彼等は採点を待つペアのフィギュアスケート選手のように座っていた。」

というのも、何ともふるっている。

ストーカーというのはマメでないと出来ないと思う。手間を惜しんではいけないし、気配りを忘れてはいけない。その意味で、ハネスは実に用意周到で、マメな男である。僕にはとてもストーカーはできない。

この話は、バナナに始まり、バナナに終わる。しかし、それだけではなく、前半で出てきた、小さな「疑問点」が、後半で意味を持つように作られている。そういう意味では、作家もストーカーと同じく「用意周到」な人種と言えるだろう。
 終始、ユーディットに忠実に動くのは見習いの少女ビアンカである。彼女の役割は大きい。家族も親友達も、最後には「この人は」とユーディットが頼った幼馴染のルーカスまでが、ハネスの陣営に取り込まれていく中で、最後までユーディットに忠誠だったのはビアンカだけだった。計算高いハネスも、ティーンエージャーの見習いのインテリジェンスを軽視していたのか、彼女には手を出していない。彼女は今時の若者言葉をふんだんに使うが、言っていることはけっこう大人びている。

この物語、読んだのではなく、アンドレア・ザヴァツキーの朗読で聴いた。彼女は、同じグラッタウアーの「北風に耐えて」、「七番目の波」も朗読している。非常に上手い朗読で聞き易い。何より良かったのが、オーストリア訛り。舞台はウィーン、ザヴァツキーはオーストリア人、上手いのも当たり前なのだが。ビアンカの「フラウ・シェフィン!」(社長さん!)という呼びかけ、これは最高である。

「永遠にあなたの」というタイトルは、ハネスの書いた手紙の結びである。これはもちろん、皮肉な意味でタイトルになっているのだけれど。

不思議なことに、主人公のユーディットの苗字は最後まで判らない。

 

 朗読のアンドレア・ザヴァツキー(Andrea Sawatzki

 

20124月)

 

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