GOD BLESS AMERICA

 

 シカゴで何をしてきたのと問われたときの私の答え。

「野球中継を見た、走った、料理を作った。」

朝起きて辺りを一時間ほど走って、その後、煮干でダシを取った味噌汁を作り、Nさんと味噌汁と納豆という健康的な朝食を食べた後、昼間少し観光して、夕方から夜には毎日野球中継ばかり見ていた。

おりしもリーグ王者決定戦、つまりワールドシリーズの一段階前の真っ最中であった。イチロー、佐々木を擁し、年間最多勝タイ記録を打ち立てたシアトル・マリナーズが、アメリカンリーグの覇権を賭け、ワールドシリーズ三連覇中の名門ニューヨーク・ヤンキーズと激突。一方、ナショナルリーグでは、球団創設四年目のダイアモンドバックスがアトランタ・ブレーブスと対戦していた。野球をするのは下手だが、見るのは大好きな私は、米国で野球中継を見るのを楽しみにしていた。英国では、一試合が三日の四日もだらだらと続くクリケットの試合の中継はしょっちゅうあるが、間違っても野球の試合がテレビで放映されることはない。野球を見ることに対する「禁断症状」が高まっていた私は、今回、野球中継を見ることを旅の最大の目標にしていたのである。

土曜日と日曜日、Nさんが観光に付き合ってくれたのであるが、午後になるとすぐに、

「野球の中継が始まるから早く帰りましょう。」

言い出す私に、Nさんはあきれ顔であった。

 ミルウォーキーへ出かけた日も、午後四時前にはシカゴのNさん宅に戻り、まず、マリナーズ対ヤンキース戦を見て、試合が終わった後、あわてて夕食を作り、夜は夕食をとり、酒を飲みながら、ダイアモンドバックス対ブレーブス戦を見た。

本来、私は「怠惰な旅行者」、あくせくするのは大嫌い、一日に何かひとつ見たらそれで満足、後は何もせずゴロゴロして過ごしたいというタイプである。妻は反対で、せっかく旅行に来たのだから、見られるものは全て見ておきたいタイプ。いつもそこでふたりの間で葛藤が生まれる。最後は

「じゃあ、俺はここでゴロゴロしてるから、お前独りで見といでよ。」

と言うことになる。今回は野球があるので、「怠惰な旅行者」に一層の拍車がかかってしまった。テレビに噛り付いている私に、Nさんは、

「川合さん。アメリカまでテレビ見に来たんですか。」

と言った。

「はい、その通りでごぜえやす。」

 

 本場の野球はテレビで見ていても面白い。特にピッチャーが個性的なフォームから、素晴らしい球を投げる。ヤンキーズのエース、ロジャー・クレメンス投手が投げていたが、力強いフォームから、三十八歳とは思えない速い球を投げる。速いだけではなくズシーンと響く「重い」球なのである。さすがに今季十六連勝し、二十勝するまでにわずか一敗しなかった投手である。またヤンキーズの若手、キューバ人のオーランド・ヘルナンデス投手、(いや、いかにもキューバ人という響き)細身の身体、星飛雄馬並の独特の足上げから、キリキリと切れのいい球を投げる。

マリナーズのイチロー選手はこの前の、地域王者決定戦では大活躍したらしいが、今回はヤンキーズに徹底的にマークされ(一番バッターなのに敬遠までされた)、活躍できないでいた。また、同僚の佐々木投手も負け試合が続いて出番がなく、第四戦、同点でリリーフし、サヨナラホームランを浴びてしまった。しかし、同じ日本人がこのような大舞台で活躍しているのを見ることは、日本人として誇らしいことである。

 

出てくる選手の名前を見て思ったが、やはりアメリカは移民の国であると言うこと。日本人、韓国人を始めとして東洋人はまだ少数だが、先ほどのヘルナンデス投手の他に、マルチネス、ソリアーノと言ったスペイン語っぽい名前の選手がいっぱいいる。キューバやドミニカなどの中南米からの選手であろう。もっと面白いのは、白人の選手でも、先祖がどこから来たかが完全に判明できる選手が何人もいることだ。ナブラック選手は「KNOUBRAUCH」、ドイツ語では「クノウブラウフ」と発音しニンニクの意味である。先祖は確実にドイツ人。「ニンニクさん」なのである。ペティット選手は「PETTIT」、フランス語では「ブティ」と発音し小さいという意味。「おちびさん」なのである。

 

七回の表を終わり、裏のホームチームの攻撃が始まる前に、歌を唄うことになっている。日本では、風船を飛ばしたりするところだ。数試合見たが、ニューヨークのテロ事件の後というここともあり、愛国心を鼓舞する「GOD BLESS AMERICA」がよく唄われていた。誰かがマイクの前で唄い、観客も一緒に唄うのであるが、これもテロ事件の後らしく、救援活動で多数の犠牲者を出したニューヨークの消防署の、消防士のひとりが出てきてマイクを握ったりしていた。もちろん制服姿である。カメラは時々応援に来ていたニューヨーク市長、ルディ・ジュリアーニ氏をアップで写し出す。このあたり、さすがアメリカ、人々を感動するようにしむける為のショウアップにはぬかりがないのである。「ゴーッド・ブレース・アーメリカー・・」何度も聞いたのでメロディーを覚えてしまった。

 

残念ながら、私が訪れたのは十月も半ばで、野球のレギュラーシーズンは終わっていて、シカゴの球場で生の試合を見ることはできなかった。シカゴにはカブスとホワイトソックスの二チームがあるが、今季はどちらもさえなかったようだ。Nさんはまだしばらく米国に留まるみたいだし、(その理由は、次の章に詳しく書く)来年は野球のシーズンに是非またシカゴを訪れて、球場に足を運んでみたいと思った。そして、そのとき、七回の裏に「GOD BLESS AMERICA」が唄われれば、私も一緒に唄えるのである。