砂漠を越えて

 

 本を読んでいた私が飛行機の窓から最初に外を見たとき、連なる山々の濃い青色が見えた。チェコからルーマニアの森林地帯の上空を飛んでいるらしい。二度目に窓の外を見たときは海。トルコを通過して地中海に出たらしい。そして三度目に外を見たとき、飛行機はイスラエル、ヨルダンを飛び越えてアラビア半島入ったらしく、砂漠の上だった。その後、飛行機は目的地のクウェートまで、延々二時間砂漠の上を飛び続けた。

 私の乗った飛行機は「クウェート航空」。私はロンドンから先ずクウェートに向かい、そこで飛行機を乗り換えて、更に南インドのチェンナイ(旧マドラス)に向かう。

 飛行機の中のテレビに、フライト情報というのが映し出される。高度、速度、距離、飛行時間という情報、それに飛行機がどこを飛んでいるかを表示する地図。普通はここまでだが、クウェート航空の場合、もうひとつ「Ka’aba」の方角が図示される。「Ka’aba」とは、イスラム教徒がそちらを向いて祈る、メッカのカアバ宮殿である。ただ、機内でお祈りをしている人は見なかったが。

 もうひとつ飛行機がイスラム圏のものだと思い知らされるのが、機内サービスでアルコール飲料がないことだろう。「何になさいますか」と聞かれて「ビール」と言ったら、あっさり「ない」と言う返事。もっとも、隣に座ったスリランカ人のお兄ちゃんは、酒を出さないのは単に経費削減のためで、宗教は関係ないと言っていたが。

 男性の客室常務員はほぼ全員がアラブ人だが、スチュワーデスは白人もしくはアジア人である。どこから来たのとふたりの乗務員お姉さんに尋ねたら、一人はブルガリア人、もうひとりはフィリピン人であった。なるほど、イスラム圏では女性は伝統的に外で働かないのである。それで海外から女性労働力を調達しているわけだ。

 飛行機は、夕闇の迫る砂漠の上で高度を下げ始めた。地上には送油管が張り巡らされて、油田の上に立つ煙突からオレンジ色の炎が見える。それ以外は薄茶色の淡色の風景である。砂の中に人家が見え始める。ただ、家までの道が見えない。どうせ砂漠の上なのであるから、最短距離を行けばいいということか。クリケット場、ゴルフ場も見えたが、芝生はなく一面の砂。そのゴルフ場は、つまり全てバンカーという恐ろしい状態なのかも知れない。

 クウェート空港に降りる。空港も砂漠の真中である。機内から直接建物に入れるし、屋内は寒いくらい冷房が効いているので、外の気温は分からない。空港内には白くて長い服を着て、白い布を頭から被り、その上に黒い輪を乗せた、「典型的アラブのおじさんファッション」の人たちも散見される。空港内の食堂にも、もちろん酒は置いていない。ビールを見つけたがノンアルコールだった。仕方なくペプシを買って、例のコロンボへ帰るスリランカ人の兄ちゃんとふたり話をしながら二時間半後のチェンナイ行の飛行機を待つ。

 そのとき、突然、スピーカーから大音量で「コーラン」が流れてきた。コロンボ兄ちゃんと私がびっくりしていると、周りの数人が床に身を投げ出してお祈りを始めた。

クウェートはどこまでも正しいイスラム国なのであった。