果たした約束

 

 昨年私がドイツ赴任を終えて英国の元いたオフィスに戻ったとき、Kと席が向かい合わせになった。Kはインド・チェンナイにあるコンピューター会社からの派遣社員、私も正社員ではなく派遣なので、職場では彼と同じ身分である。英国のインド人の中には、英国で生まれ育ち、かなり西洋化されている人間もいるが、Kは「産地直輸入」のインド人であった。二十八歳の彼は、若いけれど、よく働くし、礼儀正しい、気持ちのいい男、席が向かいということもあって、よく話しをした。普通、会社では上下関係があるので、歳が離れるとなかなか腹を割って話にくいものだが、お互い派遣社員なので、気楽に会話がはずんだ。

 昨年の秋、彼と一緒に、会社の近くの南インドレストランで食事をした。彼は菜食主義者のわりに、タバコも吸うし酒も飲む。ふたりとも酒がいい加減回ってきたときのこと、

「俺は来年五月に結婚するんだ。」

と彼は言い、定期入れから婚約者の写真を出して私に見せた。二十四歳のフィアンセは「ギャッ」叫びたくなるくらい愛らしい顔をしていた。

「あんたの結婚式見てみたいな。」

ふと私がそう言うと、彼は目を輝かせ、

「よし、俺はあんたを結婚式に招待する。」

と力強く言い切った。彼と私は握手をした。これで何となく「男の約束」と言うものができてしまったわけである。しかし、あくまで酒の上での会話であったので、当時はそれほど真剣には受け止めておらず、まあ、その時が来れば何とかなるでしょうという感じで、私自身数ヶ月の間、すっかり忘れてしまっていたくらいである。

 さて、今年の三月になり、Kが結婚式を挙げるため、一ヶ月の休暇を取ることが、公式になった。Kはすっかり私がインドに来るという前提でいる。私に、飛行機の切符だけでも先にとらなくてはならないとなどと言ってくる。インドへ行くには、最低五日の休暇をとらねばならない。私自身、四月に二週間休暇を取っているので、また五月に一週間休暇を取るのは少し気が引ける。私は上司の下に赴き、おずおずと、

「あの、Kの結婚式に招待されているので、五月にまた一週間お休みをいただきたいてよいでしょうか・・・。」

とお伺いを立てた。その上司の顔がパッと明るくなり、

「そういうことなら、問題ありません。是非行って、彼を祝福してきてください。」

との返事。

 結局、上司も、部下が結婚するのを知ったが、出席するには何せ国外で時間も金もかかる。でも、職場から誰も行かないというのも不義理である。そう思って悩んでおられたようである。そこへ、自分から行くと言う、奇特な人間が出現したのであるから、まさに渡りに船。こうして、私のインド行きは本決まりとなった。