たのしか荘の人々

 

 ジャズを聴いた翌日の午後、私は新幹線で姉の住む福岡に向かった。姉夫婦は昨年、福岡市内にマンションを買って、引っ越していた。彼らの新居の「偵察」に行くというのが目的。夕方博多駅に着いて、地下鉄で姉の家に向かう。新しい住居は、地下鉄の駅のすぐ前であった。義兄のミツノリさんが帰ってくるまで、姉と話したり、ピアノを弾いて過ごす。二週間の日本滞在中、ピアノを練習したのは結局この日だけであった。帰ったら、また真剣に練習に励まなければ。

 八時過ぎに、年下の兄、ミツノリさんが帰宅、三人で食事を始める。老人の介護事業を行う「福祉生協」に勤めているミツノリさんは、最近配置転換になり、現在は「居宅方デイケアセンター、たのしか荘」の所長をやっているとのこと。聞きなれぬ「居宅型デイケアセンター」とは何ぞや、と彼に色々と質問をする。彼の勤める施設では、認知症(最近はボケ老人とは言わないらしい)の老人を、主に昼の間預かっている。「居宅型」とは、大規模なデイケアセンターに対して、民家を一軒借り切って、最高で十人くらいの老人に、自分の家にいるのと同じような、寛いだ時間を過ごしてもらうための施設。そんな説明の他に、義兄は、介護保険制度や、その適用、その限界などについても話をしてくれた。

 翌朝、姉は仕事に出て、ちょうど非番の義兄と私は朝食の後のコーヒーを飲んでいた。外は暖かそうな良い天気である。私は、義兄に言った。

「ねえ、ミツノリさん。ひとつお願いがあるんだけど。もし良ければ、『たのしか荘』を案内してくれない。」

昨夜あれだけ説明を聞いて、好奇心の固まりになっている私にとって、実物を見ないで去ることは、非常に残念な気がしたのである。彼は承知をして、十時半ごろ、私を車で職場に連れて行ってくれた。

 「たのしか荘」と看板は挙がっているのを除けば、なるほど、普通の、少し大きめの民家である。前庭が広くて、そこに野菜や、花が植えてある。この庭の世話も、老人たちの「活動」のひとつであるとのこと。

 中に入る。その日来ている老人は少なく、三人だけであった。居間で籐椅子に座っておられる老人たちと、ヘルパーのお姉さんに、挨拶をする。私がロンドンから来たと言うと、

「ロンドンは霧の多か、天気の悪か所たい。」

とひとりのお婆さんのコメントが即座に入った。どこもボケていないじゃないですか。台所では職員の方が昼食の準備中。作る量が普通の家庭より少し多いだけで、雰囲気的には、普通の家庭の台所と何ら変わりがない。風呂場も、ごく普通のお風呂。自分で入れる人は、自分で入るとのこと。職員の数と、老人の数が同じくらいで、経営的には効率が悪そうで、所長の義兄には大変そうではあるが、ここなら、老人もリラックスして過ごせて良いなと私は思った。

正午過ぎに、私は地下鉄の駅まで義兄に送ってもらい、博多駅から、また新幹線に乗った。

 

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