負け試合にも観客サービス

グラウンドが観客席からとても近く感じられるドジャースタジアム

 


 六時過ぎにY子さんの会社を出て、Y子さんと同僚のTさんの車でドジャースタジアムへ向かった。今日の試合はリーグ交流戦で、ドジャース対エンゼルス。エンゼルスの本拠地アナハイムはロサンゼルスから僅か二十キロ南にあるだけ。つまり、両方とも地元ということで、人気は高く、三連戦のチケットはかなり前から売り切れになっていた。
 試合開始は午後七時十分だったが、道が渋滞していたのと、駐車場から入り口までが遠かったので、球場に着いたときには試合が既に始まっていた。僕たち三人の席は、一塁側の内野席の一番端の前の方、ライトのポールの直ぐ後ろだった。ドジャースタジアムの内野席は、四層になっている。五万人以上収容する球場にしては、フェンスが低く、スタンドとグラウンドが近いので、明るく爽やかな球場という印象。夏の空は青く、涼しい風が吹きぬけ、野球観戦日和とはこのことではないかと思った。
 僕は、地元のドジャースを応援するということで、その日土産物屋で買った、青いドジャースの帽子をかぶっていた。球場に入る際、筒状の風船を貰った。それを膨らませて、二本を叩き合わせると、キンキンという乾いた音がする。チャンスになると、それを叩いて応援するわけである。シカゴでも、ミルウォーキーでもそうだったが、日本のように、一方のチームを応援するひとは一塁側、もう一方は三塁側という、厳然とした区別がない。混ざり合って座っているので、組織的な応援はなく、個人的に拍手をして、声を出すだけである。
 席に着いたとき、既に三対ゼロでドジャースが負けていた。隣の人に一回表の三点について尋ねると、二本のホームランであったとのこと。その後もエンゼルスが打ちまくった。次々と出て来るドジャースの投手は、ボールを先行させ、ストライクを取りに行っては痛打を浴びるという情けないワンパターン。ドジャースの打者は、やっと出塁しても、併殺の連続。エンゼルスの打撃練習といった様相で、一方的に試合が進み、八回を終わって十三対ゼロ、エンゼルスのヒットは二十二本を数えていた。
 七回くらいから、家路に着く人が目立ち始め、僕たちも八回が終わったときに席を立った。その頃には観衆は半分以下に減っていた。三人で球場の外を歩いているとき、突然大歓声が聞こえた。「ドジャースにホームランでも出たのかな」とTさんが言った。
 翌日、新聞で知ったのであるが、その大歓声はホームランによるものではなかった。九回のドジャースのマウンドに、何と四番打者のヴェンツーラ三塁手が上がったのだ。別にドジャースの投手が底をついたわけではなく、負け試合での観客サービスなのである。日本でも、イチロー選手がオールスター戦でマウンドに上がったことがあるが、それはお祭りのこと。公式戦では誰もやらない。しかも、驚いたことに、その三塁手が直球だけでエンゼルスの三者凡退に討ち取ってしまったのだ。「球が遅すぎて打てなかった」と言うエンゼルスの打者のコメントには笑ってしまった。ヴェンツーラ選手がもう投手をやることはないであろうから、彼の生涯防御率はゼロのまま残るのであった。それもすごい