船酔いレストラン

 

 昼過ぎに島の北の端、ポルト・モニッツを出た私たちは、午前中のように峠越えの道は通らず、三キロ余の長い南北連結トンネルをくぐって、島の南側に出、高速道路に入った。妻の「調査」によると、フンシャルの西側に、カメラ・デ・ロボスという「ひなびた漁村」があるとのこと。そこへ立ち寄るために、私たちはフンシャルの手前で高速道路を降りた。

 カメラ・デ・ロボスはその日の朝、通過した場所であった。坂を下りて村に入っていくと、港の脇に駐車場があった。浅黒い顔をした少年が、車を停める場所を指示してくれる。そこに停めると、彼は駐車料金二ユーロ也を請求してきた。百パーセント少年のポケットマネーになることは間違いないのだが、寄付のつもりで妻に払うように言う。

そこは、確かに漁村だった。湾の奥の岩浜に、三十隻ほどの漁船が引き上げられていた。漁船はどれも小さく、長さが十メートルを越えるものはなく、屋根もついていない。港のすぐ横に、食道兼バーという建物があった。その前では、地元の親父さんや兄ちゃんたち三十人ほどが、四、五人ずつのグループになって、トランプ博打に興じていた。一日の仕事を終えた漁師たちが、暇をつぶしているという感じ。皆日に焼けている。余りにローカルすぎて、よそ者を寄せ付けないものがある。

「ちょっと近寄り難い雰囲気だね。」

と、スミレと私が遠くから見ていると、そんなことは一切お構いなしの妻が、村人たちの様子を見物に行った。戻ってきた妻に、どんな気分だったかと聞くと、

「ちょっと怖かった。」

普段は物怖じしない妻もそう言った。

 ホテルに戻って、夕食に出ようとすると、急に天気が崩れてきた。雲の流れが一段と速くなってきた。波も高くなり、暗い海には白い波頭が立っている。雷も鳴り出した。窓を開けていると、波のしぶきが部屋まで入ってくる。窓の外を見ると、岩に当たった波が、十メートルほどの高さのしぶきになって舞い上がっていた。

 その日は、ホテルの部屋の窓から見える、海に迫り出したレストランに行くことにしていた。ホテルから浜に出ると、波しぶきが容赦なく吹き付けてくる。岩のトンネルの中から見える洞穴の中にも、波がすさまじい勢いで渦を巻いている。

 トンネルを抜けたところのレストランに入る。レストランの窓の下では、波がドッカーン、ドッカーンと音を立てている。レストランの窓から外を見ると、駆逐艦の艦橋にいるみたい。何かレストラン自体が揺れているような錯覚に陥る。

「このレストランで食べたら、船酔いしそうやね。」

と妻に言った。

 レストランで注文を済ませ、料理を待っていると、水平線の辺りの雲が切れ、沈んでいく太陽が見えた。おそらく天候の急変は前線の通過だったのであろう。一瞬現れた太陽は、天気は良くなる兆候のように思えた。私は翌日の良い天気を期待しつつ料理を待った。

 

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