リガの犬たち

 

ドイツ語題 Hunde von Riga

原題 Hundarna I Riga

1992

 

はじめに

 

 リガと言うのは、バルト海東岸に縦に並ぶバルト三国のうち、真ん中のラトヴィアの首都である。

スェーデンの東側はバルト海に面している。(ヴァランダーの住むイスタドはその最南端である。)従ってバルト海は西側がスウェーデンの海岸、東側がバルト三国とフィンランド、南側がポーランドとドイツということになる。スェーデンから見るとラトヴィアはバルト海の向こう岸なのである。

 

イスタドはマルメーの右下、スウェーデンの最南端に位置する

 

 物語は一九九一年の早春。当時、ドイツは既に統一され、東ドイツは消え去っていた。ソ連の瓦解とともに、ラトビアは独立を宣言したが、まだ、ソ連の支配が色濃く残っていた時代である。

 

 

ストーリー

 

 一九九一年の二月、悪天候のバルト海を航海する小さな船があった。物資をスウェーデンから旧共産圏に密輸する船である。その船の持ち主は、波間に漂う赤いゴム製の救命ボートを発見する。近寄ってみると、ボートの中では二人の男が死んでいた。自分が密輸に関与しているだけに、警察と関わり合いを恐れた男は、ボートをスェーデンの海岸近くまで曳航し、海岸の近くで切り離して、スウェーデンの海岸に漂流させるように仕向ける。そして、上陸後、警察に「二人の死体を乗せたボートが近々海岸に漂着する」と予告をする。

 果たして、ボートはイスタドの近くの海岸に漂着し、イスタド警察の警視クルト・ヴァランダーがその捜査を担当する。ボートからは、船の名前や国籍を表示するものは一切発見されない。ボートの中の身なりの良いふたりの男は、拷問をされた上で、射殺されていた。検視を担当した医師は、その歯の治療法から、ふたりが東側、つまり旧共産圏の人間であると主張する。(国によって歯の治療の仕方にも特徴があるらしい。)

 冒頭にも述べたが、バルト海は、多くの国々が面する海である。国際的な犯罪の可能性があると言う理由で、ヴァランダーの上司、ビョルクは外務省と、州の警察の協力を受け入れる。ヴァランダーは何も分からない状態で、政府がこの事件に関与してくるのを不思議に思うが、上司の考えを受け入れざるをえない。

 ラトヴィアが、外務省を通じて、殺されていた二人の男が、おそらくラトヴィアの麻薬組織の人間であることを知らせてくる。その確認のため、ラトヴィアの首都リガから、リーパ少佐が派遣されてくる。(ラトヴィアの警察組織は軍隊的な階級が使われている)リーパ少佐はヘビースモーカーであるが、極めて有能な警察官であった。少佐は二人の死体を確認する。しかし、そのとき、大胆にも警察の泥棒が入り、救命ボートが盗まれてしまう。

 リーパ少佐が遺体とともにスウェーデンに去る。しかし、数日後、リーパ少佐がリガに到着したその夜、何者かに殺害されたという知らせが入る。そして、その捜査のために、ヴァランダーはリガへの出張を要請される。ヴァランダーは、何故自分が行くことが捜査の助けになるのか不審に思いながらもリガへ向かう。彼の目に映ったリガの街は、全てが寒々として、陰鬱な印象であった。

 リガで彼はリーパの上司であるという、プツニスとムルニエスというふたりの大佐に引き合わされる。寒いホテルの部屋にいる彼の元に、ホテルのメイドを装った女性が訪れる。彼女は、ヴァランダーがリーパに別れ際に贈った本を持っていた。ヴァランダーは、彼女が殺されたリーパの妻だと知る。

 ある夜、ヴァランダーはリーパの妻から、呼び出しを受ける。巧妙に計画された方法で、彼は教会で彼女と会う。その後、目隠しをしたまま自動車に乗せられて、リガ郊外の某所で、殺されたリーパ少佐の協力者であるというウピティスと男に会う。そこで、リーパ少佐が、政府や警察の高官が絡んだ事件を捜査していたこと。そして少佐が、警察の上司であるふたりの大佐のうちいずれかがその首謀者である証拠を掴んでいたこと。少佐が、その発覚を恐れるふたりの大佐のいずれかに殺害されたことを、ウピティスから告げられる。

 翌日、リーパ少佐の妻、バイバと会ったヴァランダーは、彼女に、自分の夫を殺した犯人を見つけることを依頼される。彼女に好意を持ったヴァランダーは、彼なりに事件の真相に迫ろうとする。しかし、ある日突然、ウピティスがリーパ少佐殺害の犯人として逮捕され、ウピティスもそれを自供してしまう。事件は解決したことになり、ヴァランダーはスェーデンに帰される。

 スウェーデンに戻ったヴァランダーは、バイバ・リーパより助けの手紙を受け取る。彼はバイバを助け、少佐の握っていた真相を解明するため、アルプスにスキーに行くという口実で休暇をとり、密かにラトヴィアに侵入する。

 

 

感想など

 

 これはもう推理小説というより、アクション小説(そんな範疇があったら)と言った方がよい。

 物語は、大きくわけて三つの部分に分かれている。

@       スェーデン:流れ着いたボートと死体をめぐる部分

A       ラトヴィア:ヴァランダーが公式にラトヴィアを訪れリーパ殺害の捜査に協力する部分

B       ラトヴィア:ヴァランダーがリーパの妻を救うために、非合法にラトヴィアに入国する部分。

前半の、スェーデンの部分は、淡々としたミステリー小説の展開である。真ん中の部分は、まだ警察権力の強大な旧共産圏で情報を収集する、スパイ小説的な展開である。しかし、最後の部分では、ヴァランダーは単身敵地に乗り込む「ランボー」「インディ・ジョーンズ」みたいな男になっている。いくつもの絶体絶命の危機を何度も乗り越えるのであるが、それが何度も繰り返され、ちょっと現実離れしすぎて、ストーリーに入っていけなかった。リガの警察署に侵入して、下痢が我慢できなくなり、ゴミ箱で用を足すところが、まあ幾分人間的かというくらい。

 ヴァランダーは第一作で「もう、俺たちの時代は終わった」と何度も言っている。つまり、古いタイプの犯罪が新しい犯罪に取って代わられ、足で捜査をして解決する方法が通じなくなってきているというのである。今回、ヴァランダーは、真剣に転職を考え、机の中に、就職のための履歴書を準備している。

 第一作で、彼の助言者であり、彼の捜査方針を軌道修正してくれたリュドベルクは亡くなっている。ヴァランダーは彼のいないことを嘆き、常にリュドベルクならこんなときどうするかと何回も自問する。

 また、第一作での、ヴァランダーの検察官のブロニンへの愛着は冷めている。そして、バイパ・リーパへの愛に取り付かれる。最後に生命の危険を冒して、非合法にラトヴィアに乗り込むところは、正義感と言うよりも、バイパを助けるため、それどころか愛する彼女との再会が目的と思われる。

 この地域とこの時代について、リーパ少佐が、的を得た一言を述べている。

「共産主義は沈み行く船、犯罪者はそれを察知して逃げるネズミだ。」

瓦解する共産主義、広がるヨーロッパを目の前に、一九九〇年代の前半は、犯罪者たちが、新しい稼ぎ所を求めて、スウェーデンをはじめどんどん新しい地域に進出している時代なのである。そして、それで一儲けしようという輩が、政府や警察の中にさえいる。

 「リガの犬」という題名であるが、この「犬」とは何か。

「この国の将来が犬たちの貪り食われるという悪夢を阻止しようとする者たち。」と反体制指導者のウピティスは自分の組織の説明をする。(235ページ)ここでの「犬」は、ラトヴァアの利権を、国民の財産を、混乱に乗じて、私欲のために利用しようとする貪欲さを表している。

「ヴァランダーは外の暗闇のなかから自分を見張っている犬のことを考えた。大佐の犬、彼らは決して監視を怠らない。」(239ページ)また、同時に、狙った獲物は絶対に逃がさないという、命令に対する従順さとその執拗さの代名詞でもある。

20044月)