「消えた消防車」

ドイツ語題: Alarm in Sköldgatan「スケルドガタンの通報」

原題:Brandbilen som försvann「消えた消防車」

1969年

 

<はじめに>

 

 不思議な小説である。マルティン・ベック・シリーズとは言いながら、彼の同僚が次々と現れ、リレー式に物語を進めていく。この物語の主人公は誰かと問われて、即座に答えられる人は誰もいないであろう。

 

<ストーリー>

 

 三月七日の夜、ストックホルムのアパートで、ピストルで自殺した男がいた。隣人の通報で警察が駆けつける。電話の横に死んだ男の筆跡で、「マルティン・ベック」と書いたメモが残されていた。しかし、警視マルティン・ベックは死んだ男、エルンスト・シグルド・カールソンに会ったこともなければ、彼の名前を聞いたこともなかった。

 

 ストックホルム警察の警部、大男のグンヴァルド・ラルソンは、夜家に帰る途中、スケルドガタンの家の前で見張りをしている若い部下を見つける。彼は凍えそうになっていた若い警官から、少しの間家の見張りを代わってやる。ラルソンが見ている前で、その家が、突然爆発、炎上する。彼は、炎の中から逃げ遅れた住人を助け出すが、結局三人が焼死した。救出作業の途中、ラルソン自信も負傷し、病院に収容される。彼は、命がけで他人の生命を救った英雄として、マスコミに取り上げられる。

 マルティン・ベック、コルベリとそのチームは、炎上したスケルドガタンの家の捜査を始める。当時、警察官が家の前にいたのは、中に住んでいたマルムという男を見張るためであった。マルムは数日前、自動車窃盗の罪で逮捕されながら、証拠不十分で釈放されていた。しかし、警察はその後も彼の行動を監視していたのである。マルムは、焼け跡から死体で発見された。

 検死の結果、マルムが火事になる前に既に一酸化炭素中毒で死亡していたこが分かる。マルムの部屋の換気扇や窓に目張りがしてあり、ガスのコックも開かれていた。マルムがガス自殺を図り、充満したガスに何かの原因で引火して爆発した可能性が高かった。現場検証を担当したメランダーは「ガス自殺、その後にガスが引火」として報告書を提出し、捜査は打ち切られる。しかし、ラルソンとベックのふたりだけは、その結論に満足せず、非公式に捜査を続ける。

 ストックホルム警察、鑑識課の伝説的な捜査官ヒェルムは、マルムが死んで横たわっていたマットレスの中から、超小型の自動発火装置を発見する。これにより、マルムの自殺事故説は崩れ去る。何者かが、ガスの充満した部屋に、自動発火装置で、火をつけたのだ。

 マルムは、自動車窃盗の疑いで逮捕されたとき、乗っていた盗難車が友人のオロフソンから借りたものだと言い張った。そして、オロフソンはその直後に行方をくらませていた。警察は、捜査の的をそのオロフソンに絞り、彼を見つけるべく、捜査を再開する。しかし、数日、数週間と経つが、オロフソンは発見されない。

 独自に捜査を続けたラルソンは、不思議なことを発見する。家が爆発炎上したとき、彼はすぐに部下に消防署への通報を命じる。しかし、部下が消防署に連絡したとき、既に火事の通報をした男がいた。その男は、火災現場と同じ町名だが、違う町の消防に通報をし、一度出動した消防車がそこで火災をみつけられず、最終的な現場を見つけるまでに右往左往していたのだ。通報した人物は既に火災が起こるかを予見していたのではないか、その人物が犯人ではないかと、ラルソンは推理する。そして、住所を間違えたその人間は、おそらく土地の人間でないことも。ラルソンは、最初の通報を受けた電話交換手の女性に会う。彼女は、通報が公衆電話からであったこと、電話の主が外国人であり、そのスウェーデン語にフランス語訛りがあったことを証言する。

 

 数週間後、マルメー。港に釣りに来ていたふたりの少年が、水の中に沈んだ車を発見する。その車を引き上げてみると、中には男の死体があった。地元の刑事、モンソンの捜査の結果、その死体が、行方をくらませていたオロフソンのものだと知る。検死の結果、家が放火され、マルムが死んだ日には、既にモンソンは殺されていたことが明らかになる。マルムを殺し、家に火をつけたのは、オロフソンではなく、別の人物であったのだ。

 

 消防署に通報した人物を探すために、若い刑事ベニー・スカッケは周辺の電話ボックス、およびその周辺の聞き込みに回る。何日もの無駄な聞き込み調査後、彼はフランス語訛りのスウェーデン語を話す男が、スンドビベリの町に下宿をしており、火事の直前に町を立ち去ったことを知る。警察は、その男の泊まっていた部屋から指紋を採取し、インターポールへ送る。

 

 マルメーのモンソンは、オロフソンが定期的に町を訪れていたことをつきとめる。しかし、彼がマルメーに宿泊していた記録はない。彼は、オロフソンが、対岸のデンマークのある女性の家に宿泊していたことをつきとめる。モンソンはその女性を訪れることにより、これまでの断片的な情報の裏にある、死んだ男たちの間の繋がりを知ったのであった。

 

<感想など>

 

 この物語の前半の主人公は、何と言ってもグンヴァルド・ラルソン警部であろう。良家出身であるが、ぐれて家を飛び出した過去を持つ、元船乗りの大男で、部下には鬼のように厳しいラルソン。彼は、単身爆発炎上した家に飛び込み、中に閉じ込められた住人の救出に八面六臂の活躍をする。その後も、事故として片付けられそうになった事件に対し、自らの時間を割いてまで調査を続ける。

 後半の主人公は、メルメー警察のモンソン警部。彼も理論的で、粘り強い男である。彼は、殺されたオロフソンの情婦をコペンハーゲンに探し出し、彼女と一緒に寝ると言う警察官として余りお薦めできない手段ながら、殺された男たちの間にある関係を発見する。

 それに、昇進欲に燃える若い刑事、スカッケ。コルベリやラルソンなど古株の上司にボロクソに言われながらも地道な捜査を続け、ついに容疑者の泊まっていた場所の発見と、その指紋の採取に成功する。

 何故か今回、最初からとても荒れていて、同僚を次々に挑発し、一度は殴り合いの喧嘩寸前までいくコルベリ。それまで余り役に立たなかった彼さえも、最後ではスカッケと一緒に空港で大立ち回りを演じる。

 マルティン・ベックは、あちらこちらに登場するが、表立っての活躍はなく、同僚たちの調整役という役割に徹している。マルティン・ベック・シリーズとは言いながら、今回は、完全に集団劇であり、チームワークの勝利である。

 しかし、勝利への道は遠かった。進まない捜査、無為に過ぎる日々。しかし、その日々の積み重ねが、物語に重い現実味を与えている。

筆者は最初、炎上した家から、犯人だけがどのようにして逃走したかという謎解きの話かと思った。しかしその謎は、物語半ばで、自動発火装置の発見で、あっさりと片付いてしまう。その後は、他殺なのか、自殺なのかということが焦点となる。

 

 「消えた消防車」というタイトル。ベックの部下のレンが息子の誕生日におもちゃの消防自動車を買ってやる。その消防自動車がある日忽然と彼の住居から消える。最終的に、レンは「失せ物探しの名人」モンソン警部を家に招き「捜査」を依頼する。そして、モンソンは見事「消えた消防車」を発見するのである。

 しかし、タイトルの持つ意味はそれだけではない。若い部下が消防署に通報したとき、既に火事を通報していた人物がいた。消防車はその現場へ向かっていた。ただし、同じ町名を持つ別の町へ。警察が改めて消防署に連絡したとき、消防車へ文字通り、消防署から消えてしまっていた。その出来事に対してラルソンの抱いた不審が、捜査の出発点となる。

 

 ベックとその同僚が次々と登場して、色々なエピソードを残していくのが目まぐるしくも面白い。若くて綺麗な奥さんを持つコルベリが、帰宅し、裸に薄物を纏っただけの妻を見て欲情してしまい、リビングルームのカーペットの上で事に及んでしまうとか。ディスコでも聞き込みを担当したスカッケが、サタデーナイト・フィーバー、ジョン・トラボルタ張りの白いスーツで出かけて行き、女の子とダンスをしながら聞き込みをするシーンとか。笑えるエピソードにも事欠かない。

 

 物語の冒頭、ベックは老人ホームに暮らす自分の母親を訪れる。母親は、ベックの息子のロルフも警察官になるのではないかと心配している。(12ページ)

 

「ロルフは、学校が終わったら警察官になりたいなんて、言い出さないでおくれよ。」

「それはないだろう。大体ロルフはまだ十三歳にもなってないんだ。そんな心配をするのはいくら何でも早すぎるよ。」

「でも、もしロルフがちょっとでもそんなことを考えていたら、おまえは思い留まらせなければいけないよ。どうして、おまえが警察になりたいなんて言い出したんだろうね。それに、今では以前に増して、警察は難しい仕事になっているじゃないか。マルティン、一体何を思ってそんな決心をしたんだい。」

マルティン・ベックは母親を驚きの目で見た。二十四年前、彼の警察官になるという決意を、母親が同意していなかったと言うことは分かっていたが、今この場でそれを言い始めてことに彼は驚いたのだ。

 

これと同じ会話と状況、ヘニング・マンケルのシリーズの中でも、主人公のクルト・ヴァランダーとその父親の間で、しつこく繰り返される。時代に関係なく、息子が警察官になることを喜んでいる親はいないと言うことである。

 

 ベックの娘、イングリッドは、両親の家を出て、独り暮らしを始める決意をする。娘は、父親が、家で心から寛いでないこと、自分ひとりの時間を求めていることを感じている。別れ際に彼女が父親に言った言葉が印象的であった。(199ページ)

 

「こんなこと、本当は言っちゃいけないんだろうけど、でも言っちゃう。どうして、お父さんも同じ事をしないの。家を出ないの。」

 

筆者も含めて、世の中のお父さん、出来ることなら、セカンドホームを持って、たまにはそこで独りきりで暮らしたいと思っているのであろう。

 

結論。少しあやふやな結末であるが、それなりに楽しい物語であった。

 

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