ビールの町ミルウォーキー

 

翌日、Nさんと私は、シカゴからミシガン湖沿いに北上し、ビールの町ミルウォーキーに向かった。ミルウォーキーには大小取り混ぜたくさんのビール醸造所があるが、いくつかの工場は見学と試飲ができるらしい。私たちは、その中でも一番大きい、「ミラービール」の工場を訪れることにした。

シカゴからミルウォーキーまでは約一時間半、イリノイ州からウィスコンシン州に入る。ミルウォーキーの町外れで高速道路を降りる。何となくさびれた怪しげな町並みである。Nさんが、

「うーん、あんまり良い雰囲気じゃないな。」

とつぶやく。

「ミラー・ツアー」の標識を頼りに工場を捜しあて、駐車場に車を停め、お客様受付と言った感じのところで、工場を見学したい旨伝える。約十分でツアーが始まるとのこと。その間にお土産コーナーを見学する。グラス、ジョッキ、タオル、Tシャツ、ジャンパー、帽子から、その他の大物小物に至るまで種類は豊富、広いスペースに並べられている。

 ツアーの最初は、まず小さな劇場でのPR映画。その中で、ミラービールの創業者、つまり「ミスター・ミラー」はドイツからの移民であること、三日月に腰掛ける少女のトレードマークの由来などが説明された。その後、三十人ほどの見学者は、元気な二人の案内のお兄ちゃんに先導されて工場内に入っていく。お兄ちゃんたちは一日に何回となく同じことを話すのであるから、歯切れのいい声で、立て板に水という感じで説明をする。

最初は瓶詰め工場、次は発酵用のタンク、最後に、昔の蔵に案内される。瓶詰め工場などは、機械の中を何千本ものビンが走り回っているのは壮観だろうが、あいにく土曜日で工場はお休み。静かな見学となった。

 最後がお待ちかねの試飲である。工場の中にちゃんとそれらしい雰囲気を持ったパブが立っている。ステンドグラス風の窓や、磨きこまれた木のテーブルが、本当にパブのたたずまいなのである。お兄ちゃんたちにそこへ案内された私たちは、先ず着席。テーブルの上にはコースターと絵葉書とピーナッツが置いてある。お兄ちゃんたちが、先ず、

「これが、最近発売された、ライトビールですよ。」

と言って、足つきグラスに満たしたビールを運んできた。飲んでみた。アメリカのビールは薄いと聞いていたが、何も味がしない。単に色の着いた水である。このビールなら、十杯立て続けに飲んでも、絶対に酔っ払わないと私は断言できる。次に

「これが、普通のビールですよ。」

と言って別のグラスを出された。先ほどよりマシだが、まだまだ水っぽい。最後に、

「これが、濃いやつ。」

と言って出されたビールで初めてビールの味がした。

「こいつは美味い。」

とお兄ちゃんたちに伝える。三杯飲んで、お兄ちゃんたちに礼を言って、Nさんと私は工場内のパブを出た。

天気のいい日である。暖かくて、ビールの美味しい日でもある。ツアーに参加しているアメリカ人の中には、Tシャツ一枚の人もいる。(最もロンドンを訪れるアメリカ人観光客には、四季を通じて、Tシャツ、半ズボン、サンダル履きの人がいるが。)Nさんの話によると、数日前まで、道路が洪水になるくらい、毎日雨だったと言う。今年は夏の休暇にフランスへ行ったときも天気が良かったし、今回も上天気。今年に限ると私は「晴れ男」であるらしい。ちなみに、私が帰った後、シカゴは急に寒くなったとのことである。

 

 ミルウォーキーからシカゴに戻る途中、腹が減ったので、高速道路の脇のハンバーガー屋に入る。とにかく、道を走っていても、「マクドナルド」とか「バーガーキング」の店が、一キロ一軒くらいの割合で、やたらとある。Nさんによると、シカゴは「マクドナルド」の第一号店が出来た町であるとのこと。つまり、「ハンバーガーのメッカ」なのである。

ハンバーガー屋で店員が、

「ここでお食べになりますか。お持ち帰りですか。」

と言う場面で、

「ヒア・イート・オア・ツー・ゴー」(Here eat or to go.

と聞いてきた。一瞬、何を言われたのか分からない。何という文法。英国では、

「ツー・イート・ヒア・オア・テイク・アウト」(To eat here or take out.

と言う。少なくとも文法的にはこちらのほうが正しい。 

 それと、客と店員の会話で両方とも「プリーズ」と言わないのである。単語だけで会話している感じ。店員が「飲み物は?」(Drink?)と聞いて、お客は「コーク」(Coke.)と言ってそれでお終い。私なら「コーク・プリーズ」と言うところだし、息子や娘がこの状況で「プリーズ」をつけないと、おそらく私は子供たちを叱るであろう。

前日のレストランでも、Nさんは「お勘定」のとき「チェック(Check.)」と言っただけ。英国なら普通「ビル・プリーズ(Bill please.)」と、最低限「お願いします」は付ける。Nさんに、

「ちょっと、ぶっきらぼうじゃないですか。」

と言うと、ウェイターや、ハンバーガーショップの店員はたいていメキシコ人などの外国人で、英語がそれほど上手くない。従って、変に色々つけるとかえって分かりにくい。本当に必要な言葉だけを確実に伝えるのが「アメリカ式」なのだ、とのことであった。

「こっちで、『ビル・プリーズ』(英国式で、お勘定お願いします。)って言ったらどうなりますかね。」

Nさんに尋ねたら、

「川合さん、間違えなく、ビールが出てきますよ。」

Nさんはニヤリとしてそう答えた。