英語原題「Property of blood

ドイツ語訳題「Alta Moda

 

 アメリカ人女性で、元モデル、現在はフィレンツェでファッションデザイン会社を経営するオリヴィア・バーケットがある夜、犬の散歩中に自宅前で誘拐される。彼女はフィレンツェの旧家であるブルナモンティ伯爵と結婚し、夫の亡くなった後、夫の作った膨大な借金の返済、二人の子供たち教育、会社の経営を一人で切り盛りしてきた女丈夫である。

 拉致され車で連れ去られた彼女は、その後長い間山道を歩かされ、山の中のテントの中に、目と耳を塞がれ、手足を鎖で縛れ、拘束される。

 フィレンツェのカラビニエリに勤める警官ガルナシアをひとりの若い女性が訪れる。彼女は母親のオリヴィアが十日前の夜から行方不明になっていることを告げる。十日も後になって初めて警察に通報する彼女を訝しく思いながらも、ガルナシアは彼女の住むブルナモンティ家の屋敷を訪れる。そこでは彼女の兄、レオが心身をすり減らしながら誘拐者からの電話を待っていた。

ガルナシアはその後何度も屋敷に足を運び、彼女、娘のカタリーナ、急を知って駆けつけたオリヴィアの愛人でアメリカ人のハインズ、隣人、使用人、友人等から、ブルナモンティ家の複雑な人間関係を知る。また、誘拐のプロの犯行と見て、現在出所中のかつての誘拐犯を絞り込み、犯人の目星をつけていく。その際、鍵になったのが、週刊誌に掲載されたブルナモンティ家を紹介する記事と、誘拐されたとき連れ去られ、後で単独で帰ってきた彼女の飼い犬であった。

 ついに、誘拐された母親からの手紙が届く。そこには、このことを警察に知らせるな、自分を解放するために高額の身代金を支払えという訴えが書き記してあった。

 そこから、娘のカタリーナの独走が始まる。彼女は、犯人が要求するような金額はとても払えない、警察に協力すると新聞記者に語ってしまう。彼女の母親を見殺しにするような態度に、周囲の人間も、警察自身も驚いてしまう。彼女の意図は何なのか。もちろんブルナモンティ家の長年にわたる人間同士の葛藤が背景にあるにしても・・・

 

この小説は、誘拐されたオリヴィアの語りの章と、ガルナシアの行動を第三者的に語った章が交互に現れる構成である。二つの視点で語られる物語が、最後に渾然と溶け合っていく技術はなかなか眼を見張るものがある。

特に、オリヴィアの独白の章が、誘拐の被害者の心理を見事に表現している。目も、耳も塞がれている彼女の心に去来する色々な思い。食事に対する思いや、歩かされている途中に失禁してしまう点、毎日の排泄にいたるまでの生々しい描写。また加害者であり見張り役である「樵(きこり)」と呼ばれる男に対する愛着。よく書き込まれていると思った。

レオンの小説でも紹介されたが、イタリアでは、誰かが誘拐された場合、被害者の家族が警察を無視して、犯人に裏取引で身代金を渡すことを制限するため、その家族の財産を差し押さえてしまうという法律がある。誘拐事件と分かったとたんに検事より裁判所に差し押さえ命令が出る。誘拐された家族には、警察を出し抜いて、密かに金を調達し、密かに犯人と取引し、人質の解放を図る。その裏取引の駆け引きもまた読んでいて面白い。

 

しかし、この小説はミステリーとして読み流すには重過ぎる感がある。私自身、読むのに二ヶ月もかかってしまった。書き方も内容が重いので、数ページ読むとすぐ疲れてしまうのである。レオンの小説の、短い一章と、ユーモアのあふれる会話に慣れていて、それと比べてしまったからかも知れないが。