「夜咲く花」

原題:Some Bitter Taste

ドイツ語題:Nachtblüten

2002)

 

 

<はじめに>

 

 盛り沢山なテーマを扱いながら、表面的にならず、かつ未消化にならず、深みのある作品に仕上がっている。人生の後半を迎え、一段と円熟味を増したガルナシアの描写も素晴らしい。ドナ・レオンの作品が、「水戸黄門」「遠山の金さん」的、パターン化の道を歩んでいる中で、作を重ねるたびに、深みを増し、かつ新味を出し続けるナブには、脱帽する他はない。

 

<ストーリー>

 

 ガルナシアの回顧の形で物語が始まる。

昨年のフィレンツェの夏、それは特に暑い夏であった。七月、故郷のシチリア島、シラクサでの休暇から戻ったガルナシアを待ち受けていたものは、どうしようもない暑さと、押し寄せる観光客の波であった。ガルナシアと彼の属するカラビニエリ(憲兵隊)は、観光客を狙った小犯罪の処理に多忙を極める。

同時に、彼のチームは、売春組織の摘発という仕事も抱えていた。彼は東ヨーロッパから「輸入」した少女たちを売春させる組織を摘発しようとしていた。彼らの犯罪を立証するためには、その中で働く女性の証言が不可欠である。しかし、報復を恐れる余り、証言に応じる女性が見つからない。そんな中で、アルバニア人の少女、ドリが、司法取引に応じ、警察に協力をすることを了承する。ガルナシアは、彼女をイタリア人の「堅い」男性と結婚さることにより、売春の道から足を洗わせようと、段取りをし、彼女を説得する。

ひとりの老女がガルナシアに面会を求める。サラ・ヒルシュというその女性は、留守中に何者か自分の住むアパートに侵入した形跡があると訴える。そして、そんな経験が何回か続いた後、「おまえがそこにいることは分かっている」と書いた、一種の脅迫状が配達されるに至って、彼女はガルナシアを訪れることを決心したと言う。ガルナシアは、近いうちに一度、彼女のアパートを訪れることを約束する。しかし、余りの忙しさに、その機会を見つけることができないまま、数日が過ぎる。

そんなある日の夕方、ガルナシアは上司のマエストランゲロから、同行を頼まれる。フィレンツェの郊外に住み、英国人の美術品収集家である、サー・クリストファー・ロセスリースの屋敷で、美術品の盗難事件があったという。その英国人は、マエストランゲロが自ら訪問しなくては収まらないほどの、著名な人物らしい。

マエストランゲロとガルナシアは、酷暑と喧騒の市内を離れて郊外の高台に向かう。広大な庭を持つ屋敷の玄関で、サー・クリストファーの秘書、ジェレミー・ポーテオスが彼らを迎え入れる。ポーテオスは主人のサー・クリストファーが、数週間前に脳溢血で倒れ、身体が不自由であることを告げる。ガルナシアは秘書のポーテオスの高慢な態度に反感を持つが、サー・クリストファー自身には好感を持つ。サー・クリストファーもガルナシアのことを気に入り、ふたりは打ち解けて話をする。

サー・クリストファーの屋敷からの帰り道、ガルナシアはサラ・ヒルシュを訪ねてみることを思いつく。彼がサラのアパートの前まで来ると、人だかりがしていた。サラの住まい様子が怪しいので住人、隣人たちが騒いでいたのである。ガルナシアは他の警察官の応援を頼み、鍵を開けサラの部屋に入る。彼女は血の海の中に倒れていた。ガルナシアは、サラから通報を受けた後、すぐに彼女を訪れなかったことを悔やむ。サラの住居の洋服ダンスの中を見ると、大きな穴が開いていた。そこに造り付けてあった何かが、持ち去られていたようであった。

サラのアパートには、他に二家族が住んでいた。ひとりは階下で骨董美術商の店を構えるリナルディ、それと階上に住むロッシ一家であった。リナルディは、死んでいたサラと道端で言い争いをしているところを目撃されていたが、自分は彼女と無関係であると主張する。

ガルナシアはかつてロッシ夫婦に力を貸したことがあり、夫婦は彼に対して好意的であった。夫婦の娘であるリサは、よく階下のサラの部屋に出入りをしており、サラの部屋の様子を良く知っていた。リサの証言により、洋服ダンスの中には作り付けの金庫があり、それが持ち去られたことが判明する。また、リサはサラの部屋にはビデオテープが沢山あったと言うが、それもすっかり姿を消していた。サラの部屋を探したガルナシアは、アパートの賃貸契約や家賃に関する書類が一切ないことにも注目する。サラは部屋を自分で購入し、所有していたのであろうか。

サラの過去、交友関係を知ることが、事件解決の鍵となるはずだという、担当検察官の助言を受けたガルナシアは、今度は修道院へ向かう。修道院の記録に拠ると、サラの母、ルーツ・ヒルシュは、ユダヤ人で、第二次世界大戦の勃発の直前、ナチスに占領されたチェコからイタリアに脱出して来ていた。しかし、イタリアでも次第にナチスが台頭し、ユダヤ人迫害が始まる。当時身ごもっていたルーツは修道院に匿われ、そこで改宗し、女児、サラを産んだ。そして、戦後修道院を出た母娘は、フィレンツェの街に下り、サラの住んでいたアパートに住むようになったと言う。

ガルナシアは深夜、売春組織を見張っていた。その建物から、少女を乗せた一台の車が、走り去る。ガルナシアと同僚はその車を追跡する。その車は、高速道路で少女を突き落とし、その隙に走り去る。少女は後続の車に撥ねられ、重傷を負うが、何とか命は取り留める。ガルナシアはその事件を起こし、少女を傷つけたことで、またまた自責の念にかられる。

ガルナシアは死んだサラについて、調査を進める。サラは母親の死後、うつ病で一時病院に収容されていた。そのときのカウンセリングの記録を読むと、サラは、今は貧しい生活をしているが、本来自分はもっと裕福な生活を営むことができる人間である、と述べていた。そして、彼女の兄の存在にも言及していた。しかし、サラはルーツ・ヒルシュの唯一の娘で、兄はいないはず。彼女の言葉は単に虚言なのだろうか。

ガルナシアはサー・クリストファーの屋敷を何度か訪問するうちに、英国人の庭師見習いジムと懇意になる。ジムは屋敷では、これまで何度か盗難事件があり、その度に誰かに責任がなすりつけられ、その人物が屋敷を去る破目になったことを訴える。今回の盗難事件は、古くから居る執事と、アルバニア人の看護人ジョルジョを追い出すために誰か仕掛けた罠だと、ジムは述べる。しかし、証拠なしには、ガルナシアも行動を起こすわけにはいかない。

ガルナシアは、サラと美術商のリナルディの部屋の所有者が、ヤコブ・ロートというユダヤ人が設立した財団であることを知る。ロートの父は、第二次世界大戦中、金に困った同胞から美術品を安価で買い入れ、それを売ることにより、巨利を得た。ユダヤ人迫害がいよいよ激しさを増してきた時、ロートはイタリアを去り英国に逃れる。しかし、イタリアに残った彼の父と母は、ナチスにより強制収容所に送られ、そこで命を落としていた。ロートの父の店を引き継いでいたのが、サラのアパートの階下で商いをするリナルディであった。不思議なことに、戦後、ロートについての全ての記録が、忽然と消えていた。ガルナシアは、ヤコブ・ロートこそが、サラの父親であると確信する。そして、ロートの行方を追及しようと決心する。

ガルナシアはリナルディを訪ねる。彼はドアの外で、リナルディと、ふたりの運送屋の言い争いを聞く。リナルディが依頼した仕事に対する報酬を払うことを渋っているようであった。リナルディは、自分がヤコブ・ロートから店を引き継いだことを認める。しかし、ロート自身も、その手続きをした弁護士も、既に死亡していると述べる。ガルナシアは、リナルディとふたりの運送屋を見張るように部下に命じる。果たして、サラの家から運び去られた金庫が、運送屋のひとりの自宅近くから発見される。

リナルディが死んだと主張した弁護士は、実は存命であった。ガルナシアはその老弁護士を訪ねる。老弁護士は、ヤコブ・ロートがサラの父であることを認める。そして、ロートが死の直前に、ビデオを通じて娘のサラに当てたメッセージを託していたこと、サラがそのビデオを見た後はそれを自分が管理していることを述べる。

ガルナシアはそのビデオを見ることで、それまで隠されていた事実を知る。何者かがそのビデオの内容が世に出ることを、恐れたのである。

数日後、サー・クリスファーが死去する。その死を不審に思った検死官からの連絡で、ガルナシアは屋敷にかけつける。屋敷に飾られたサー・クリストファーの父の肖像画を見て、ガルナシアは終に真実を知る。彼の頭の中で、断片的に組合されたジグゾーパズルが、最終的に一体となった・・・

 

<感想など>

 

 三つの一見互いに関係のないプロットが並行して展開し、最後にそれがひとつに結ばれるという、古典的とも言われる手法を取った作品である。

@       サラ・ヒルシュと隣人たち

A       サー・クリストファーとその屋敷の住人たち、

B       アルバニア人の女性を利用した売春組織摘発

ガルナシアは同時にこの三つの事件に関わっている。

 ガルナシアは、自分が単なる聞き役だと思っているが、彼が思う以上にカラビニエリの組織の中で彼は信頼され、一目置かれている。上司のマエストランゲロと担当検察官(名前が最後まで登場しないのだが)も、彼には協力的で、彼の直感力と、捜査術、特に尋問術を尊敬しているようにさえ思える。

 ガルナシアの捜査方法の極意。それは、「相手に話させる」と言うことである。自分は黙っていて、相手の話し出すのを待つ。ガルナシア自身が巨体の持ち主で、存在感が、大きいだけに、その沈黙による威圧感は相当なもの。美術商のリナルディも、まんまとこの作戦にひっかかり、あらぬことを語ってしまう。このテクニック、私も是非取り入れてみたいと思う。

 ガルナシアの信念、それは住民に信頼されることである。彼を信頼して頼ってきたサラを結果的に見殺しにすることになり、ガルナシアは自責の念に駆られる。

 この物語により、第二次世界大戦中、イタリアにおけるユダヤ人の処遇について知ることができる。ドイツ、並びにポーランド、チェコ等、その占領地域での、ユダヤ人迫害は余りにも有名であるが、ムッソリーニ政権下のイタリアでも、同じようなことが起こっていたのである。ロベルト・ベニーニの映画「ライフ・イズ・ビューティフル」も、日本人にそれを知らしめた良い例であろう。サラの母、ルート・ヒルシュは、チェコを脱出する際に、ある美術品を持ち出している。彼女だけではなく、多くのユダヤ人が、迫害を逃れ米国などへ渡る為に、先祖代々から伝わった美術品を、売り払っている。その美術品を只同然の値段で買い取り、そこから巨利を得た人間がいることは、何ともやるせないことである。

 不法移民問題。これも、イタリアのみならず、現在のヨーロッパの抱える、大きな問題である。アルバニア等の東欧の国から、「豊かな暮らし」を求めて、非合法な入国者が後を絶たない。しかし、合法的なヴィザも持たない彼らの弱点を突いて、暴利を貪る人間が出てくる。名前だけの建設会社を興し、それらの移民を「雇用」したことにして、実績を作る輩などが登場する。そして、一番の悲劇は、売春組織に送り込まれる少女たちであろう。

ガルナシアも、これらの組織と対峙し、何度も煮え湯を飲まされることにより、自分の無力さを感じ、「胃の中に亀を飼っているような」気分になる。また、一度、ガルナシアの尽力で、イタリア人の妻として「更生」したはずのドリが、また売春組織に戻っていくエピソードにもやるせないものを感じる。

 この本の中の、最も心に残る文として次の一文を挙げておこう。(58ページ)

「金は人間を幸福にはしない、そんな言葉は幻想である。しかし、ありすぎてもいけない。誘拐とか株式の暴落へ不安、家族内の争いや相互不信とか、そんな新しい問題が引き起こされる。」

Geld macht nicht glücklich. … Aber nicht zuviel, sonst schaffte es wiederum ganz neue Probleme wie die Angust vor Entführung oder einem Börsenkrach, erbitterte Familienstreitigkeiten, Mißtrauen gegen alle und jeden.

 ドナ・レオンのパターン化に対して、まだまだ新しい模索を続けているナブである。

 

200712月)

 

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