「新しい旅立ち」

ドイツ語題:Ein neuer Anfang 「新しい旅立ち」

原題:Twilight Ghost 「黄昏時の幽霊」

マグダレン・ナブ

2000

 

<はじめに>

 

少女向けの小説である。子供向けなので、なによりも読み易い。そして、教訓的なところもある。書き方も、少女っぽいところが少し鼻につく。しかし読んでいて面白かった。最後には涙も誘われた。

 

<ストーリー>

 

 キャリーは全てにやる気をなくしていた。父の会社が倒産し、父は新しい職場をホンコンに求めて旅立って行った。母と、キャリー、弟のジェームスは、それまで住んでいた家を出て、祖母の家で暮らすことになった。母も、フルタイムで働くことになり、昼間はアイルランド人のナニー、メイが二人の面倒を見ている。キャリーもジェームスも古くて陰気な祖母の家を好きになれない。

 キャリーはそんな環境の変化に対して、何もかもが不満で、何事にも打ち込むことができなくなっている。祖母からフルートをもらって練習を始めたが、最近はそれも怠り勝ちになっている。

 親友のカティは、バレーに打ち込んでいる。打ち込むことのできる何かがあるかティのことを羨ましく思いながらも、キャリーはなかなか自分をモティベートできない。彼女は学校の「不良グループ」と交わり始める。

 ナニーのメイは、ある日、ジェームスとキャリーに「生まれ変わり」(Nachtgesichit)の話をする。自分の末の妹メアリー・テレサが、真似をしたわけではないのに、亡くなったテスおばさんにそっくりだったという。顔つき、ガチョウを上手に扱えるという特技、口ずさむ歌までも。人々はメアリー・テレサが、テスの「生まれ変わり」だと噂した。キャリーはその話を聞き、自分も誰かの「生まれ変わり」なのか、そうしたら誰の「生まれ変わり」なのだろうかと想像をする。

 キャリーの本当の名前は、「キャロライン・エドウィーナ」。エドウィーナは亡くなった祖父が名付けたものであると、キャリーは祖母から聞いた。祖父は、優しい性格だが、自分のことをあまり語らない秘密に満ちた人物だった。祖父は女の子を欲しがり、屋根裏、女の子用の子供部屋まで作った。しかし、祖父と祖母の間に女の子の産まれることはなかった。孫のキャリーが産まれたとき、祖父は大変嬉しそうだったそうである。

 ある日の夕暮れ、キャリーが祖母の(そして自分の)家の前まで帰り着くと、屋根裏部屋の窓から、ひとりの少女が下を見下ろしているのが見える。屋根裏部屋に通うドアには鍵がかけられ、誰もいないはずだ。弟のジェームスは、屋根裏からフルートの音が聞こえたという。キャリーはその謎を解くために、屋根裏部屋に入ってみることを決心する。

 キャリーは、弟のジェームスが隠し持っていた鍵を入手して、屋根裏部屋に入る。そこは子供部屋になっていた。そこで古い写真、祖父の日記、子供のおもちゃを発見する。バレリーナのついたオルゴールをキャリーは気に入り、持ち帰る。

 雨の中「不良グループ」から逃げ帰ったキャリーは、夜再び屋根裏部屋に入る。そしてそのベッドで眠ってしまう。

 

「エドウィーナ!」

と呼ぶ声で目を覚ます。エドウィーナは慌てて服を着る。彼女は弟のジムに会い、今で両親と会う。父は読んでいた新聞をテーブルの上に置く。その日付は、一九〇六年九月二十五日である。

 フルートの得意なエドウィーナは学校へ行き、将来は自立してフルート奏者になることを願っている。しかし、幸せな結婚だけを彼女に望む両親は、家庭教師だけで十分であると言い、エドウィーナを学校にやることを拒む。

 当時はまだ貧富の差のある時代であった。キャリーは、カティという、足の悪い娘に出会う。エドウィーナはカティを助けようとある計画を立てる。ある日曜日、エドウィーナはナニーのメイと弟のジミーと一緒に公園へ行く。そして、かねてからの計画を実行に移す・・・・

 

<感想など>

 

 直接は出てこないが、この話の陰の主人公はキャリーの祖父であろう。彼は妻にさえ自分の過去の多くを語らなかった。そこには、秘密と深い悔恨があったのである。あまつさえ、祖父は第二次世界大戦に従軍し、そこで友人が死んでいくのを見ていた。その祖父の努力、執念は実り、彼の希望は何十年もの年を越えて、現代の少女の中に蘇るのである。

 マグダレン・ナブは、ガルナシア・シリーズの推理小説の作家として著名であるが、事件の悲惨さとは別に、ガルナシアからはいつも「暖かさ」を感じる。その「暖かさ」だけを凝縮するこんな小説が出来上がるのだと思った。

 原題の「黄昏時の幽霊」、ドイツ語題「新しい旅立ち」、それにしても随分と違う。個人的にはドイツ語題の方が好きだ。これは、祖父の助けによる、少女キャリーの「再出発」のストーリーであると思うからである。

 最初は「少女向け」ということで、少しベチャベチャとした表現、些細なことにこだわり過ぎる表現が鼻についたが、筆者にとって、マグダレン・ナブの初めての推理小説意外の作品として、読後感はとても良かった。

 

200811月)

 

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