「息子」

原題:Sønnen

ドイツ語題:Der Sohn

2014

 

 

<はじめに>

 

ハリー・ホーレの登場しないミステリー。最近、ネスベーはスティーグ・ラーソンを超えたと言われるが、なるほどと思わせる作品。父の死の秘密を知った息子が、父を死に追いやった人物に復讐をしていく。

 

<ストーリー>

 

オスロ郊外のスタテン刑務所。囚人のローバーは若い男に懺悔をしている。ローバーは翌日釈放されることになっていた。ローバーはウクライナ人、フーゴー・ネストーというギャングの子分として、これまで色々と非道なことをやってきた。それを彼は懺悔をし、赦しを乞うた。話を聞いた後、若い男は、

「おまえの罪は許される。お前は天国に導かれる。」

と言う。ローバーは、話を聞いてもらった礼に、若い男に「ピストルの形をしたライターの形をしたピストル」を渡す。(ピストルの形をしているので、皆驚くが、実はライターだということになる。しかし、本当のピストルの機能もある。)そこへ本当の刑務所専属の教誨師ペア・ヴォランが入ってくる。彼はローバーを外に連れ出す。話を聴いていた若い男はソニー・ロフトフスと言う名で、十八歳のときに犯した二人の殺人の罪で服役し、十二年間この刑務所の中にいた。無口で聞き上手な彼は、いつしか、他の囚人の懺悔の相手を引き受けていた。

教誨師ヴォランは、中をくりぬいた聖書を使って、ソニーにヘロインを渡す役目をしていた。そして、ヴォランはソニーが無実であることを知っていた。彼は刑務所の副所長アリルド・フランクに、

「もうこんな役割は嫌だ、自分は降りる。」

と宣言する。妻から家を追い出されたヴォランは、麻薬中毒者の矯正施設「イラ」に住んでいた。彼は施設を管理するマルタという女性に、一通の手紙を渡す。その翌日、彼は水死体となって発見される。

殺人課の刑事ジモン・ケーファは、ヴォランの水死体が発見された現場に駆けつける。そこにスーツを着た若い女性がいた。カリ・アデルと名乗るその女性は、新しく殺人課に配属された新人の刑事であった。ジモンは彼女の教育係りを引き受けることになる。ふたりは、ヴォランが住んでいた麻薬中毒者の矯正施設を訪れ、そこで管理者のマルタと話す。マルタはヴォランから預かった手紙を見せ、ヴォランが、前日に自分の死を察知していたことを告げる。

刑務所にヨハネス・ハルデンという高齢の服役囚がいた。麻薬の密輸の罪で服役しているヨハネスは、かつてネストーの組織で働いていた。ネストーは、オスロでの麻薬の販売組織と、売春組織を牛耳っている人物である。しかし、そのネストーの更に上に、「双子」と呼ばれる陰の大物が控えていた。その「双子」の正体を知るものはなかった。ヨハネスは、癌に侵されていた。死期を悟った彼は、ソニーに告解する。それは、ソニーの父に関する話であった。

ソニーの父、アブ・ロフトフスは警察官であった。アブは自分が麻薬、売春組織との「モグラ、内通者」であることを告白する遺書を残して自殺した。そして、その後、母も世間からの冷たい視線に耐えられず自ら命を絶った。ソニー自身も、その後学校を辞め、麻薬中毒になった。

ヨハネスは、ソニーの父親の死は自殺ではなく、殺されたのだとソニーに話す。警察の中の「モグラ、内通者」は他にいた。その真の内通者により、父親は、妻と息子を殺すと脅されて、遺書を書かかされ、その後殺されたのだと。また、ヨハネスは、麻薬と売春組織を運営しているのはネストーであるが、その後ろに「双子」と呼ばれる陰の人物が存在することも、ソニー告げる。ソニーは自分の父と母を殺した者たちへの復讐を誓う。

その日から、ソニーの生活は一変する。麻薬を断ち、ジムに通って身体を鍛え始める。ソニーは最初、弁護士を通じて自分の無実を訴えようとするが、取り上げられない。彼は脱獄を決意する。ソニーはヨハネスに協力を依頼する。寿命が尽きかけていることを知っているヨハネスは、最後の仕事としてそれを引き受ける。スタテン刑務所のセキュリティーは、極めて厳重で近代的なものであった。刑務所内の様子は、全てコントロール・センターから一元的に管理されていて、ドアの開閉の権限は指紋で照合されていた。囚人の中で、ヨハネスだけが、掃除のためにコントロール・センターへの入室が許されていた。コントロール・センターに入ったヨハネスは、ピストルを発射し、係官に対し床に伏せるよう命令する。そして、全てのドアを開錠できる非常用のボタンを押す。しかし、ヨハネスは間もなく駆け付けた刑務官に取り押さえられる。

翌朝出勤したフランク副所長は、ヨハネスが起こした事件の報告を受ける。それほどの大事件ではないと考えたのも束の間、次に、ソニーが行方不明になったという報告を受け、彼は激昂する。彼等がソニーの房に駆け付けると、聖書の間、毛が挟まっていた。そして、監視カメラには、勤務交代の際、刑務官の制服を着た男が、外に出て行くのが写っていた。ソニーは、長い髪と髭を切って人相を変え、ヨハネスが開錠ボタンを押したときに房を出て、ロッカールームに隠れ、勤務の交代時間に、病欠中の刑務官の制服を着て、他の刑務官に紛れて外に出たのであった。

ヴォランの死の真相を突き止めようとする、ジモンとカリは、ヴォランが働いていた刑務所を訪れ、フランクと話す。フランクは、ヴォランが最後に話した男はソニーであり、そのソニーが脱獄したことを告げる。

 

ソニーはオスロの街で、橋の下に住む麻薬中毒者、ラース・ギルベリに話しかけ、麻薬中毒者の矯正施設「イラ」についての話を聞く。ソニーは施設を訪れ、マルタに会う。彼は、スティーグ・ベルガーと名乗る。マルタは彼が施設に住むことを許し、彼に衣服と部屋を与える。翌日、彼は、就職活動をしたいので、スーツを貸してくれという。マルタは寄付された衣服の中から、スーツを捜しだす。彼はそのスーツを着る。マルタは、ソニーの髪の毛を整えてやる。ソニーは携帯電話を購入し、その使い方を施設の職員に聞く。ソニーはイヴァセンという人物の住所を捜していた。

十歳の少年マルクスは、かつて警察官の一家が住んでおり、今は空き家になっている家の向かいに住んでいた。ある日、彼は若い男がその空き家に入っていくのを見る。マルクスは双眼鏡で、向かいの家を観察する。その若い男は、鍵の隠し場所や家の中の様子をよく知っていた。

「息子が帰って来た。」

マルクスは、その男が、その家で自殺した警察官の息子であることを知る。若い男は、赤いスポーツバッグに何かを入れて出て行く。それとすれ違いで、ジモンとカリがその家に到着する。中に入ったふたりの刑事は、直前までその家に誰かがいたことを知る。

オスロで不動産業を営むアグネテ・イヴァセンは、流行遅れのスーツを着て赤いスポーツバッグを提げた若い男が、家に近づいて来るのを窓から見ていた。彼女がドアを開けると、その若い男はアグネテに向かって銃を発射し、弾丸は彼女の胸に命中する。アグネテは薄れゆく意識の中で、その男が床に落ちた血を拭い、金と宝石類を鞄に詰めるのを見る。ソニーは、風呂場から三本の歯ブラシを取っていく。

ジモンとカリは、アグネテ・イヴァセンが殺された屋敷に到着する。そこには、ノルウェー警視庁から来た、オスムンド・ビョルンスタッドという若い刑事がいた。イヴァセンの事件は、オスロ警察の管轄ではなく、連邦警察の管轄になったという。ビョルンスタッドは、物盗りが抵抗された犯行に及んだという推理をするが、ジモンは、強盗目的なのに金庫を開けようとした跡がないこと、また歯ブラシが洗面所から消えていることなどから、特別な目的を果たすための犯罪であると推理する。ジモンは、入口の階段で、犯人のものと思われる靴の跡を見つける。それは、軍隊が大量に払下げ、ホームレスや、麻薬中毒者に無料で配られている靴だった。ジモン矯正施設のマルタを訪れ、その靴を最近誰かに渡していないかを聞く。マルタは、その靴を、最近入ったスティーグという男に渡したことを、ジモンには黙っておく。

 

ソニーは、ホームレスの麻薬中毒者のラースから、麻薬の売人であるカレという男の働いている場所を知る。

犯行現場からの帰り、ジモンはカリに自分の経歴について語る。彼はかつて経済犯罪の担当の刑事であった。しかし、賭け事の好きだったジモンは、株にも手を出した。刑事が株を売買することは禁じられていた。彼は、処分を受け、殺人課に転属になったのであった。ジモンの妻は、目を病んでいて、近い将来失明の危険があった。米国で、その病気を治す手術が開発されたが、それは非常に高価なものであった。しかし、賭け事で借金をこしらえたジモンには、その金を捻出できない。彼は金融業を営む友人、フレデリクに借金を申し入れるが、断られる。

ジモンが家に戻ると、家の前に黒塗りのリムジンが停まっていた。フーゴー・ネストーであった。ネストーは、自分に協力することを条件に、エレンが目の手術を受けるための金を出すことを申し入れる。

日曜日にマルタはソニーとドライブをする。マルタはソニーを愛し始めていた。彼女はソニーに運転を教える。ソニーはマルタを自分の家に連れて行き、自分の父親が警察官であったことを話す。父親の死後、母親が麻薬とアルコール中毒になる。その世話のためにソニーは学校へ行けなくなった。母親の死後、母親の使っていた麻薬を打ち自分も中毒になる。家の中のものを全て売り払い、最後は、生涯麻薬の供給を受けることを条件に、他人の犯した殺人事件の犯人として名乗り出ることを引き受けたのだった。

三人の麻薬密売人が殺される。アグネテ・イヴァセンと同じ武器で。ジモンとカリは、イヴァセンと三人の麻薬の売人の関係を探ろうとする。そして、三人の売人のひとりが、かつて少女の殺人事件の容疑者として逮捕されたが、ソニーが犯人として名乗り出たことによって、起訴を免れていたこを知る。

ジモンの妻エレンの目の病気が悪化し、数日以内に手術を受けないと失明すると医者から告げられる。しかし、その金がない。彼は、一度融資を断られた友人を訪ねる。今度は、警察の知り得た「強請り」の材料を持って。

ソニーの家を、ネストーの部下二人が襲うが、ひとりがソニーによって射殺される。ソニーより組織に被害を蒙った、ネストーは、フランク等の協力者を呼んで緊急対策会議を開く。その席で双子がついに姿を現す。双子は警察を使って、ソニーを葬り去ることを考える。警察の特殊部隊が矯正施設のソニーの部屋に突入するがそこは空であった。

高級レストランで食事をしているネストーに、ある人物の代理人という弁護士が現れる。その男は、アジア系の少女を世話して欲しいと言う。ネストーは金を受け取るためにその男の泊まるホテルへ行く。そこでネストーは飲み物に毒を盛られる。彼は、少女たちを閉じ込めている家の住所をソニーに白状させられる。ソニーはその住所をジモンの携帯に送る。それを受けたジモンは特殊部隊の出動を要請するが断られる。カリとジモンはふたりでその家に入り、逃げ出そうとした車を停め、少女たちを保護する。

刑務所副所長のフランクに、ひとりの看守が面会を求める。その看守はピストルをフランクに突き付け、秘書を外出させ、フランクを椅子に縛り付ける。男はソニーであった。ソニーは、警察署の中の内通者が誰かと尋ねる。また、自分の父を殺した男は誰かと尋ねる。フランクは知らないと答える。刑務所の職員が異常に気付いて、副署長室に突入するが、そこには人差し指を切られたフランクがいるだけだった。ソニーは人差し指の指紋照合のシステムを使って、既に脱出していた。

ジモンに歯ブラシが三本送られてくる。ジモンは、それがイヴァセンの家から犯人によって持ち去られたものだと感じる。ジモンは三本の歯ブラシを鑑識に送り、そこに付着している唾液から、DNA鑑定を依頼する。

DNA鑑定の結果が出る。歯ブラシの持ち主のひとりが、殺された中国人の少女の体内いた胎児の父親であることが判明する。ジモンはイヴァセンを訪れる。イヴァセンは、自分が中国人の少女を妊娠させたこと。その処理について妻に相談したところ、妻が殺し屋を雇ってその少女を「始末」したと述べる。ジモンはその事実を公表しないことを条件に、「双子」の面会をアレンジするように求める。

ある古びたレストランでジモンは「双子」と会う。ジモンは、知っている秘密を公表しないこと、ソニーを逃がすことを条件に、妻の手術のための金を出すように双子に要求する。「双子」はソニーを逃がすことはできないが、金は出すことに同意する。ジモンは携帯電話の電波からソニーの居所を捜しだす。そして、父親を殺した「内通者」と会わせると言ってソニーを誘い出す。ジモンはソニーを双子の元へと連れて行く・・・

 

<感想など>

 

傑作である。最近、ネスベーがスティーグ・ラーソンや、ヘニング・マンケルを超えたと言われるが、販売部数だけではなく、実力的にも、先の二人に伯仲していることを示す作品である。ネスベーの人気の高さは、原作と同じ年にドイツ語の翻訳が出されていることでも分かる。

自殺したと思っていた父親が、実は殺されたことを知り、その復讐を遂げる「息子」の物語である。服役中であった息子は脱獄を果たし、警察とギャング組織のふたつから追われながら、驚くべき周到さで計画を遂行していく。この「息子」、ソニー・ロストフスの設定が面白い。彼は冷酷な「復讐の鬼」ではなく、彼と話した誰もが「暖かさ」を感じるという、魅力のある人物である。その特殊な能力のおかげで、彼は刑務所の中で、他の囚人の懺悔を聞くという役目をしていた。その結果、実に様々な犯罪に通暁でき、それが脱獄や復讐の際に如何なく使われる。

物語の中で興味を引かれるのは、誰が警察の中の「モグラ・内通者」なのかという点、また誰が「双子」と呼ばれる黒幕なのかという点であろう。これは、読者の興味だけではなく、ソニーが追い求める点でもある。「双子」はかなり早い時点で登場するのであるが、「モグラ」の方はなかなか現れない。そして、もちろんそれは実に意外な人物なのである。

ネスベーのこれまでのライフワークであった「ハリー・ホーレ」シリーズの前作では、最後にハリーが結婚してしまい、大団円を迎えたような展開であった。今後、どのように展開させるのか興味があったが、ネスベーはハリー・ホーレ抜きの小説を書いてきた。そして、最初にも書いたが、それが「傑作」の範疇に入るものとなった。登場人物の設定、その関わり合いが素晴らしい。これまでの、ハリー・ホーレという枠を取り払われて、ネスベーの才能が一層開花したような気がする。作家の中には、第一作が一番面白く、だんだんとつまらなくなっていく人たちも多い。しかし、ネスベーの最初の数作は、「はみだし」刑事ハリー・ホーレの「はみだしぶり」で読ませていたが、年数を重ねるにつれ、回を重ねるにつれ、面白くなってきている。ヘニング・マンケルが、「クルト・ヴァランダー」シリーズで名を挙げ、その後、ヴァランダーの登場しない「帰って来たダンス教師」という傑作を書いた。そのときと同じような衝撃を覚えた。

「双子」、フーゴー・ネスベーを始め、「悪人」が多数登場するが、彼らが死んでいくとき、人間的な、暖かい側面を見せるのが面白い。

面白いミステリーを読みたいという方にお勧めする本である。

 

20155月)

 

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