「ヘッドハンター」

原題:Hodejgerne

ドイツ語題:Headhunter

2008年

 

 

 

<はじめに>

 

相手をはめるつもりが、実際は相手が何枚も実力が上、結局はめられる破目に。命からがらその罠から逃げ出して、そこから逆転を目指して反撃に転じるロジャー。最後に彼に残された武器、それは、一度は死んだと諦めた開き直りだけだった。

 

<ストーリー>

 

トラックと乗用車が互いに時速八十キロで正面衝突をした。私は自分が死ぬと思う。しかし、私は生き残った。横には二人の死体があった。

 

ロジャー・ブラウンは自分をヘッドハンターの星だと自認していた。これまで、彼にかかるとどんな話もまとまった。その日も、彼はイェレミアス・ランダーという男を面接していた。クライアントから依頼されている、その会社の社長候補として。ロジャーはランダーに色々な質問を浴びせる。押しては引く、ロジャーのインタビュー術は、適格で効果的だった。彼はランダーに、

「何か美術品を所有していますか?」

と尋ねる。ランダーはムンクのリトグラフを持っているという。

「それは良いものを持っておられますね。でも、盗難対策は万全ですか?」

とロジャーは更に尋ねる。ランダーは「トリポリ」というセキュリティー会社に自宅の警備を依頼していると伝える。明日、ランダーをクライアントに引き合わせることを約束して、ロジャーはインタビューを終える。ランダーと入れ替わりに、同僚のフェルディナンドが入って来る。ロジャーは、明日のランダーとクライアントの会見に立ち会ってくれるようフェルディナンドに頼み、オフィスを去る。

ロジャーは、道で同業者とすれ違う。同業者は皆、彼に一目置いていた。彼は、「寿司カフェ」に入って行く。そこはフィットネスクラブの隣で、トーレニングを終えた金持ちの女性が多く出入りしていた。ロジャーは、どの女性も、自分の妻のディアナに勝つ者はいないと確信する。

「美しい肉体に、美しい精神を宿している。」

とロジャーはディアナのことを誇りにしていた。彼自身は身長も低く、貧しい家庭の出身で、それをコンプレックスに感じていたが、同時に、そのコンプレックスを起爆剤にしてこれまでの成功を築いてきていた。ロジャーとディアナはロンドンで出会った。ディアナはロンドンで、美術史の勉強をしていた。ふたりはノルウェーに戻り、二人だけの結婚式を挙げる。ロジャーはカフェに、オーヴェ・キュケルードの姿を見つける。オーヴェは新聞を読んでいたが、それを置いて外に出て行く。ロジャーはその新聞を手に取る。中には鍵が挟んであった。

ロジャーは家に戻る。その家は、ディアナのために、彼がかなり無理をして買ったものだった。彼にとってディアナは、押せば押すほど引き込まれて、のめり込んでいくタイプの女性だった。ディアナは一度、ロジャーの子供を妊娠し、中絶していた。彼女は日本の水子地蔵を購入して、家に安置していた。ロジャーは、ランダーが所有しているという、ムンクの絵について調べる。家の他にディアナのために画廊を買ったロジャーは、借金の返済に追われていた。その日の夜、ディアナの画廊で、特定の客を集めての、内見会が行われる予定だった。ロジャーはディアナと画廊に出掛ける。実業家、政治家、作家など有名人が多く詰めかけていた。ディアナはそれらの客から、注目と羨望を集めていた。ディアナが、ロジャーに言う。

「あなたは、パスファインダー社の新しい社長を探すよう、クライアントから頼まれていたわね。絶好の候補者があそこにいるわ。」

彼女は、クラス・グレーベというオランダ人をロジャーに紹介する。グレーベは、鍛えられた身体を持っていた。彼は、ごく最近まで、オランダで、パスファインダーと同じ、追跡装置製造会社の会社で社長をしていた。その会社を売り、最近、オスロに越してきたばかりだという。ロジャーも、グレーベが、自分の探しているポジションに対する適任者であると確信する。グレーベの方も、話にまんざらでもないようだった。

内見会では、結局絵は一枚も売れなかった。

「これは展覧会よ。」

とディアナは気にしていない。しかし、ロジャーは、金銭面を考え、失望していた。ロジャーは、ロッテの姿を想像してしまう。

翌朝、ロジャーは二日酔いで出社する。彼は、グレーベについて調査を始める。しかし、彼はその前に片付けないといけない「仕事」があった。彼の「仕事」には、オーヴェ・キュケルードという協力者がいた。オーヴェは警備会社「トリポリ」の警備主任だった。正午、ロジャーはランダーの住まい近くに車を停める。彼は、青い作業服を着ていた。十二時にオーヴェが、ランダーの家のアラームを解除しているはずであった。彼はオーヴェから預かった鍵で玄関のドアを開ける。ランダーは警備会社に一セット、鍵を預けていたのだった。ロジャーは、壁からムンクのリトグラフを外し、中身を取り、代わりに、持ってきた複製を入れる。家に入ってから十六分後、彼は絵を携えて外に出る。ランダーは会社で、クライアントのインタビューを受けている時間であった。そして、アラームは、十二時半に、オーヴェにより、再びセットされるはずであった。

ロジャーが面接のときに使っている手法は、米国の三人の刑事の書いた「犯罪尋問」という本に載っているものだった。これまで、ロジャーはその手法を使い、候補者の隠れた一面を引き出し、嘘を見破り、本音を引き出すことに成功していた。しかし、その日は、勝手が違っていた。グレーベを前にその手法は通用せず、かえってグレーベに、ロジャーの本音が見透かされているようであった。

「芝居は止めて、お互い本音で話そう。」

とグレーベが言う。彼は、自分の生い立ちについて語る。グレーベはティーンエージャーのときから、麻薬、買春、小犯罪に手を染めていた。彼は、十八歳で父を亡くし、オランダ軍に志願する。彼は特殊部隊に配属される。彼は、その特殊部隊で八年間働いた。そして、そのとき、軍が取引をしていた追跡装置を開発する会社を知り、除隊後そこに就職する。そして、そこで手腕を発揮し、社長になったという。彼は、美術品にも興味があると言う。そして、最近相続したオスロの祖母の一室で、長い間行方不明になっていたルーベンスの絵「カリュドーンの猪狩り」を発見したと話す。

ロジャーは、ルーベンスの「カリュドーンの猪狩り」について調べる。その絵は、第二次世界大戦までオランダにあったが、ナチスドイツがオランダに侵攻した際に、行方不明になっていた。もし、グレーベの祖母が、ドイツ人の将校と付き合っていたとしたら、彼女がその絵をナチスの将校から贈られ、所有していた可能性は十分にあった。グレーベは、祖母から相続した家を改装中に、隠し部屋の中で、その中で絵を見つけたという。そして、ディアナに鑑定の専門家を紹介してもらおうと思って、画廊を訪れていたと言う。グレーベは犬をオランダから連れ帰るために、その日オランダに戻ると言っていた。

「犬が来る前に何とかしなければいけない。」

ロジャーは、公衆電話からオーヴぇに電話を架け、合いカギと、絵のコピーの手配を依頼する。

「今日、車の屋根に『ムンク』を隠しておくから持って行ってくれ。明日は『ルーベンス』だ。」

と、ロジャーはオーヴぇに伝える。彼は、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

午後六時、ロジャーは車の屋根に設えた隠し空間にムンクの絵を入れる。その絵を持ってオーヴェがイェテボリまで行き、絵を処分し、ルーベンスのコピーを持って来ることになっていた。全てオーヴェが表面に出るように仕組み、自分には被害が及ばないように、ロジャーは細心の注意を払っていた。ロジャーは明日の計画を立てる。彼は、グレーベに自分の心が読まれているような気がして、不安につきまとわれていた。彼はそれを打ち消す。ルーベンスの絵を得られれば、大金が手に入る。そうすれば、子供を作る余裕もできる。

「明日がいよいよDデーで。」

ロジャーはつぶやく。彼はロッテに電話をするが、彼女は話さないで電話を切った。

翌朝、ロジャーはまた二日酔いで出社する。グレーベはその日の五時に、パスファインダー社の代表に会うことになっていた。ロジャーはフェルディナンドにそれに立ち会ってくれるように頼んでいた。もちろん、自分が、その間にクレーベの家に忍び込むためである。彼は五時にクレーベの家のドアを、オーヴェに渡された鍵で開ける。彼は、キッチンの戸棚の後ろにある隠し部屋を見つける。彼はその絵をはぎ取り、コピーとすり替える。彼は、そのとき、寝室で音が鳴っているのを聞く。それは、ディアナの携帯の着信音だった。ディアナはグレーベの家にいたのだ。ロジャーは、朝、ディアナが慌てて出て行った様子を思い出した。

ロジャー、フェルディナンド、グレーベとクライアントの会議が始まっていた。ロジャーはグレーベを憎んでいた。彼の頭には、ディアナがグレーベと寝ているシーンが常に浮かんでいた。昨夜帰った時、ディアナはテレビでミステリーを見ていた。ロジャーは、ディアナに一緒に東京に行かないかと誘うが、ディアナは色々な理由を付けて、それを断った。

会議の中で、グレーベは、クライアントに対し自信に満ちた態度を取る。クライアントは、グレーベの能力を完全に信じてはいなかった。また、彼が、長期間、社長職に留まれるのか、疑問に思っていた。グレーベは、かつて特殊部隊として、スリナムで麻薬組織の追及をしたときに話をする。彼は捕らえられ、拷問にかけられても捜査を遂行し、最後には、組織の絶滅を果たしたと言う。彼は、スリナムで麻薬組織に捕らえられていた一人の少女を救出し、独自の判断で、証人として尋問することなく、ノルウェーに帰したことも話す。

「一度やり始めたら、途中で止めるというオプションは自分にない。」

そう言い切って、グレーベは去る。

ロジャーは、ロッテのアパートにドアベルを鳴らす。彼は昼間、ロッテに、八時に行くからというメッセージを入れていた。ロジャーに二度と会わないと決意したロッテだが、ドアを開ける。ロッテは、内気で無口な女性だった。ロジャーは、ディアナの画廊で行われた展覧会で、ロッテに初めて会った。彼は、ロッテに、

「自分は結婚しているが、結婚生活がいかに不幸であるか。」

を強調し、ロッテの関心を引くことに成功していた。ロジャーは、ディアナと違い、ロッテが自分と同じ世界に属する人間であると感じていた。その夜、ロジャーはディアナが不倫をしていることをロッテに話す。二人は二度セックスをする。しかし、不安に駆られたロジャーは、

「やはり妻の下に行く。すまない。」

そう言って、ロッテの部屋を去る。

 家に帰ったロジャーに妻のディアナが尋ねる。

「あの、グレーベとかいう男はどうなったの?」

「グレーベは、外国人だし、背は低いし、性格異常者だ。」

ロジャーは、別の男を候補者として推すという。ディアナは珍しく、激高する。

「あの男は完璧よ。あの男しかないわ。」

ディアナは言う。その後、ディアナは誰かに電話を架けていた。ロジャーは彼女がグレーベと話していることを確信する。

翌朝、ロジャーは車庫に行く。彼の車の運転席には、オーヴェが座っていた。彼は死んでいるようであった。ロジャーはパニックになりながらも、オーヴェの身体を車のトランクに移す。彼は、オーヴェの座っていた運転席に、注射器の針を見つける。それはゴム製の容器と結び付けられ、誰かが座るとその圧力で薬液が発射されるようになっていた。その時、ディアナがガレージ入って来る。

「あなたがガレージに入ったきり出てこないから、心配になって見に来たの。」

とディアナは言う。ロジャーは、注射器を仕掛けたのがディアナであり、彼女がその結果を確かめに来たのだと確信する。

「仕事に行かなくちゃ。」

そう言ってロジャーは車を出す。ディアナは、

「行ってらっしゃい。愛しているわ。」

と言ってロジャーを見送る。

ロジャーは運転しながら、オーヴェの死体をどのように始末するかを考える。彼は、オーヴェと自分は表立った関係はないし、どこで死体を捨てても同じだと考える。彼は、自然保護地区まで走り、湖に架かる橋の上から、オーヴェの死体を投げ下ろす。しかし、水に落ちたとたん、死んでいるはずのオーヴェが叫びだす。ロジャーはオーヴェを岸に引き上げ、車に乗せて、オーヴェのアパートに向かう。ベッドの中で完全に意識を取り戻したオーヴェは、救急車を呼んでくれと叫ぶ。しかし、警察沙汰にしたくないロジャーはそれを拒否する。ロジャーが目を離した隙に、オーヴェは電話機を取り上げて救急車を呼ぼうとしていた。ロジャーは、オーヴェのピストルで彼を撃つ。彼はオーヴェの服から財布やクレジットカードを抜き取り、自分のポケットに入れる。

ロジャーはオーヴェの車を運転し、郊外に向かっていた。彼は、グレーベが自分を殺そうとして、誤ってオーヴェが犠牲になったと確信していた。そしてグレーベの前から、何とか姿をくらます必要があると考えた。彼が向かっていたのは、オーヴェと彼が、接触用に借りていた、秘密の森の中の別荘だった。彼は、隣人の家に車を停め、その別荘に向かう。ロジャーは、何時までもここには居られないと考え、次の案を練る。トイレに入った彼は、窓の外を見る。そこにはグレーベと犬が見えた。ロジャーは、汲み取り式の便所の、タンクの中に飛び込む。そして、糞尿の中に身を沈める。グレーベはトイレの中まで入って来るが、ロジャーを見つけられない。ロジャーは家が爆発されて燃え上がる音を聞く。グレーベの車が遠ざかるのを聞いてから、彼は糞尿の中から這い出る。

ロジャーは森の中に逃げ込み、隣家に置いた車に乗ろうとする。しかし、隣家の敷地に入ったとたん、グレーベの犬に襲われる。首に嚙みつかれたロジャーは、傍にあった裁断機に向かい、犬を上に乗せスイッチを入れる。犬は金属の棒に串刺しにされ、ロジャーを離す。ロジャーは助けを求めるために隣人、アーの家に入る。しかし、アーは、首を針金のような物で絞められて殺されていた。ロジャーは自分の車で脱出しようとするが、車は壊されていた。彼は、隣人のトラクターを使って脱出を図る。彼が道路を走っていると、後ろからヘッドライトが見える。その車は、トラクターを追い越し、前で停まる。誰かが降りて来る。それはグレーベではなかった。それを見ながら、ロジャーは気を失う。

ロジャーが目を覚ますと、病院のベッドに寝ていた。糞まみれの衣服は脱がされ、シャワーを浴びたのか、身体はきれいになっていた。彼は、医者の白衣を着た男が自分の前に立っているのに気付く。それはグレーベだった。グレーベは、白衣で隠すように、ピストルをロジャーに突き付けていた。グレーベは、ロジャーに語る。

「ホーテ社は経営危機に陥り、新しい買収先を探していた。米国人の債権者と一緒に、俺がノルウェーのパスファインダー社に入り、その企業秘密をホーテ社に流すことで、ホーテ社を救うことを考えたんだ。ホーテ社を辞めたというのは芝居だ。あんたがパスファインダー社の代理人をしているということを知り、ディアナに近づき、彼女の紹介であんたに接触したんだ。ディアナは単なる手段に過ぎない。俺は、あくまで『偶然に』発見されたという形で、パスファインダーに近づく必要があったんだ。」

「どうして、ディアナと知り合いになったんだ。」

「画廊に行った後、コーヒーに誘った。彼女は子供を中絶したことを悔やんでいた。俺と一緒に新しい子供を作ろうと言うと、すぐに着いてきた。ルーベンスの絵は精巧にできた偽物だ。あれも、ディアナとあんたの気を引くための小道具だ。」

グレーベはピストルの引き金を引こうとする。そのとき、警察が入って来る。グレーベは慌ててピストルを白衣の下に隠す。刑事はロジャーに向かって叫ぶ。

「オーヴェ・キュケルード、シンドレ・アーに対する殺人容疑で逮捕する。」

スンデッドというその刑事は、ロジャーをオーヴェであると思っていた。彼は、オーヴェのクレジットカードを持っていたからである。スンデッドと二人の巨漢の双子の警官は、警察署に連行するためにロジャーを車に乗せる。ロジャーは後部座席で、双子の巨漢に挟まれて座る。車の中にはもう一人の若い男がいた。警察無線では、大型トラックの盗難が告げられていた。刑事は、ロジャーの乗っていたトラクターの持ち主が殺されていたため、彼を逮捕することにしたという。ロジャーは自分がオーヴェと間違えられていることに、あえて反論しない。

ロジャーは、グレーベがどうして、自分が病院にいることを知ったのかと考える。彼は一つ思い浮かぶ節があった。グレーベの前の会社で、ジェル状の電波発信物質を開発したということだった。ロジャーは、自分の髪に、電波発信物質が塗り付けられており、自分の位置が常にグレーベに筒抜けになっていることを知る。

「と言うことは、今もグレーベは自分の居所が分かっている・・・」

その時であった。巨大なトラックが前方から現れ、警察の車に突進してきた。二台は正面衝突し、警察の車は跳ね飛ばされ、川の中に転落する。ロジャーが気付くと、周りの四人の警官は全員死亡していた。ふたりの警官がクッションになるような形になり、彼だけは無傷だった。大破した車から這い出したロジャーは、警官の持っていた鋏で、自分の髪を切る。そして、その髪を警官の一人のポケットに入れる。彼は道路に戻り、町に向かって歩き始める・・・

 

 

<感想など>

 

ヘッドハンターのロジャー・ブラウン。ヘッドハンターとしては成功している彼だが、候補者から美術品を盗んで売りさばくという「副業」をしている。そのパートナーが警備会社に勤めるオーヴェである。警備会社とグルになれば、簡単に目的の家に侵入できる。何故、ロジャーは危ない橋を渡ってまで「副業」を続けるのか。それは、妻のディアナのためだった。ロジャーは、ディアナに画廊と、大きな屋敷を与えるために膨大な借金をしていた。その借金返済のために、彼には常に金が必要だった。

さて、彼の前に一人の「カモ」が現れる。一枚何百万ドルという価値を持ったルーベンスの絵を所有しているというクラス・グレーベというオランダ人。ロジャーは彼の家に忍び込み、絵を偽物とすり替える。しかし、そこには二つの大きな誤算があった。妻のディアナがグレーベと関係していることを、ロジャーは知ってしまう。そして、グレーベが自分よりも一枚も二枚も上の犯罪の達人であることも。ロジャーは、「はめた」はずの相手に、「はめられて」いたのだった。

さすがヨー・ネスベー、最初から最後まで緊張感を絶やさないで読み続けることができる。ロジャーに次第に黒い影が忍び寄り、逃げても逃げても追いかけて来るという展開、ハラハラドキドキさせられる。しかも、流れるようなストーリーの展開で、飽きさせることがない。最近、語られている時代や場所が、ストーリーの中で急に飛ぶという構成が多い。一種の流行になっていると思う。読者に常に驚きを与えるという点では有効だと思うが、あまり頻繁にやられると、最初に「ここは何処?何時?」と考えることが多くて、疲れてしまう。この本の、直線的なストーリーと、首尾一貫したナレーションは、そんな中で新鮮だった。

グレーベは、発信機、GPSの技術を持つ会社の経営者という設定になっている。そして、ジェルタイプの発信装置の存在、つまり、それをあるある物体に塗っておくと、その物体の場所が常にトレースできるということが、この物語を進めるうえでの一つのトリックになっている。そんなものが、果たして存在するのかどうかは知らない。ともかく、GPSの技術なくして成り立たないストーリー展開である。二〇〇八年の作品だが、この部分は現代でも新しい。

子供を中絶したディアナが、その供養のために、「水子地蔵」を家の中に置いているという設定には笑ってしまった。

ネスベーというと、刑事「ハリー・ホーレ」シリーズが有名だが、ハリーの登場しない物語の方が面白いという印象を受ける。長さも適当で、面白い本であった。これは他人にお薦めできる。

 

20214月)

 

<ヨー・ネスベーのページに戻る>