A&E(緊急外来)へ

 

 病院で「運動と仕事は厳禁」と言い渡された私は、とりあえず職場に電話をし、上司に「軽い心臓の発作」でとりあえず今週は出勤できないと伝えた。その時点の私のシナリオは、木曜日の朝、担当医に会って、プライベートの病院を紹介してもらって、そこで治療を受けると言うものであった。

病院からの帰り道は厳しかった。往路は下り坂だったので自転車で苦もなく来られたが、帰りは上り坂。胸が苦しい。自転車から降りて、ゆっくりゆっくり歩いて、やっと家に帰り着いた。しばらくの間、私は動けなかった。

 それから、とにかく動かないで、安静にするように努めた。と言うか、だるくて動けないのである。事態は思っていた以上に深刻そうだが、これまでの不整脈は少し休んでいれば快復したので、それに期待するしかない。

 

 二月一日の水曜日も、殆どベッドの中で過ごした。午前中、昨日診療所で会ったロイド医師から電話があった。彼女は、至急担当医と会って、相談するようにと告げた。

「カッテル先生とは、明日の朝アポイントメントがありますから。」

私はそう言って電話を切った。医師たちが、お互いに連絡を取り合い、テキパキとことが運んでいるのが分かる。NHSにしては珍しく、全てが上手く有機的に機能している。NHSも捨てたものじゃないじゃない、私はそう思った。後で考えると、私の症状が、かなり逼迫していたので、医師たちもテキパキと動かざるを得なかったのであろう。

 

夜九時半頃、電話が鳴った。担当医のカッテル医師であった。彼は、自宅に戻り、メールを取ったところ、例の「ナニワ金融道」の心臓専門医からのものが入っていたと言った。

「川合さん、息は切れますか?胸に痛みがありますか?」

とカッテル医師は尋ねた。

「はい、ちょっと動くと息切れするし、時々胸もチクチク痛みます。」

私はそう答えた。カッテル医師は、直ぐにバーネット総合病院の救急外来へ行くことを薦めた。彼が、病院に前もって連絡しておくから、今すぐに行けとのこと。私は、下着、本などを適当にスポーツバッグに詰め、妻に、病院まで運転してくれるように頼んだ。

「へーえ、結構重症なんだね。」

と妻も驚いている。

 十時半にバーネット総合病院のA&E(アクシデント・エマージェンシー)ユニットに着く。受付で、名前や症状を告げる。五十人くらいの人が待っている。半分が患者としても、二十五人。ひとり五分としても、二時間以上かかる計算、正直うんざりした。しかし、カッテル医師の紹介であるせいか、私の症状のせいか、私は二番目に名前を呼ばれ、診察室に入った。症状を告げる。看護婦から舌の下に入れる痛み止めの薬を渡され、酸素マスクをつけられた。胸に電極をつけられ、手の甲に点滴用のチューブがつけられた。モニターから流れるピコピコという自分の心臓の鼓動を聞きながら、私は医師の診察を待った。

 

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