入院

 

 A&Eユニット(救急外来病棟)には、二種類の医者がいる。トレーニー・ドクターとメディカル・ドクターである。まず、トレーニー・ドクターが診察して、患者の容態を把握、必要な検査等を指示し、所見をカルテに記述する。しかし、決定は下さない。一段「格」が上のメディカル・ドクターがその後にもう一度診察して、入院、治療、家へ帰ってよし、等の決定を下すのである。

 カーテンで仕切られた処置室のベッドに寝かされた私は、まずワイン色のセーターを着たポニーテールのお姉ちゃんの問診を受けた。彼女がトレーニー・ドクター。心電図と胸部レントゲンを撮る。一時間経っても、メディカル・ドクターは現れない。時間は既に午前一時半。それまで付き添ってくれた妻には家に帰ってもらう。

 カーテンで仕切られたひとつ向こうのユニットに、喘息の発作を起こした爺さまが運ばれて来た。苦しいのか、絶えず叫び続けている。余りの騒がしさに、ちょっとウトウトしていた私の眠気は吹っ飛んでしまった。

 メディカル・ドクターは背の低いお尻の大きい三十代の女性。彼女はずっと前から暇そうにしていたように見えるのに、私を診察したのは、午前三時。すぐに入院の手続きを取るとのことであった。

その後、また少し待たされて、正式の病棟に連れて行かれたのは午前四時であった。ベッドに寝たまま、酸素吸入をされたまま運ばれたので天井しか見えない。従って、自分がどこへ向かっているのかよく分からない。結局、六、七人が入れる病室の、窓側の一番端に落ち着いた。胸につけられた電極からケーブルがベッドの横にあるモニターつながっており、私の心臓の鼓動に合わせて「ピコ、ピコ」と音を立てている。結構大きな音なので、カーテンの向こうで寝ている隣人にはちょっとうるさいのではないかと心配する。何より、午前四時に、バタバタさせて、皆さんを起こしてしまったかも、ごめんなさいという感じ。

 

 とにかく、私はNHSバーネット総合病院のCDU病棟に入院することになった。CDUは「カーディオロジー・ダイアグノスティック・ユニット」の略。ドイツの「キリスト教民主同盟」、最近ドイツ初の女性首相になったアンゲラ・メルケル女史の属する党の略称と同じなので、少なくとも私には覚えやすい。

プライベートの病院に行きたかったのに。しかし、事ここに至っては、もう腹を括ってNHSの治療に身を任せるしかない。日本の基準からいくと、どうか分からないが、英国の基準から言うと、最初にGPを訪れてから、四十八時間以内に、専門医にも会え、入院できたということは、すごくラッキーのような気もする。

 一晩中殆ど眠っていないので、私は、眠ろうと試みた。しかし、余りにも色々なことが短時間にありすぎたせいか、心の中が今ひとつ落ち着かず、眠れない。私は少しウトウトしただけで、朝を迎えた。

 

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