一番激しい運動とは

 

 朝を向かえ、辺りが明るくなり、自分が置かれている状態が分かってきた。私は七人部屋の一番端のベッドに寝かされていた。入り口にナースセンターがある。トイレに立った際観察すると、壁を隔てて反対側に、同じ大きさの部屋があり、そこにも七つのベッドがあった。つまり、このCDU病棟には十四のベッドがある。私と隣に寝ている三十歳代の男性だけが例外的に若く、他のベッドは、高齢者で占められていた。最初、壁の向こうが女性の部屋で、こちら側が男性の部屋かと思った。しかし、私のお向かいさんが看護婦に「ミセス・パテル」と呼ばれたので気がついたのであるが、男も女もお構いなく配置されていることが分かった。

 

 昨夜の医者の説明によると、私の心臓の一部に正しい電気信号が伝わっていないとのことである。心臓の筋肉は電気信号によって収縮する。しかし、私の場合、突然その電気信号の狂いにより心臓の収縮に異常が発生し、血液が十分に体内に送られなくなったらしい。ベッドの中でじっとしていると、脈拍は毎分八十くらいで安定しているが、立ち上がって歩いたりすると脈拍は一度に百四十なんかに跳ね上がる。つまり、今の私にとって、トイレに行くことが、一ヶ月前の私がフルマラソンを走るくらいの負荷になっているのである。

 明け方に、私の胸に文庫本大の小さな機器がつけられた。私の胸に貼り付けられた電極から捕らえた電波を、その機器によりコンピューターに送り、そのコンピューターが二十四時間私の脈拍を監視しているということであった。以前、二十四時間心電図というのをやったことがある。胸に電極を付け、その信号が首から下げたテープレコーダーに記録されると言うものだ。技術は一段と進歩し、テープレコーダーは不要となり、データは無線LANで、サーバーに送られる。しかし、自分が、コンピューターの技術者であるだけに、コンピューターの自動監視システムというのは、何となく懐疑的になってしまう。

 しかし、そのコンピューター監視システムが機能していることが、間もなく証明された。朝食後、私は朝の定期便のためにトイレに立った。何となく便秘気味である。トイレの中で頑張っていると、誰かがトイレのドアを叩く。

「おーい、モト、大丈夫か?」

誰かが叫んでいる。用事を中断して、ドアを開けると、マイク・タイソンに似た、黒人の看護士のお兄ちゃんが覗き込んだ。

「コンピューターのモニターが異常値を示しているって、監視センターから連絡があった。モト、きみは直ぐにベッドに戻って安静にしなくてはいけない。」

彼は言った。私は、トイレから車椅子に乗せられて、自分のベッドに戻された。

「ふーん。ウ*コをするって、意外に重労働なんだ。」

私は再認識した。そう言えば、血圧が高い人が、トイレで脳溢血を起こして倒れたという話を、何度も聞いたことがあった。

 

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