四角い部屋を丸に掃き

 

 NHSバーネット総合病院での入院生活が始まった。英国で入院をするのは初めてではない。十五年近く前、虫垂炎の手術のために五日ほど入院した。そのときも救急で運ばれた先のNHS病院。体育館のような五十くらいベッドの並ぶ超大部屋の一隅に寝かされた。何か、自分が野戦病院にいるような気がしたのを覚えている。数年後、息子が小さな手術を受けたのはプライベートの病院であった。テレビのある個室。静かで、明るくて、食事も良く、看護婦も親切で丁寧。NHS病院とのあまりの違いに驚いたものであった。

 バーネット病院は二年ほど前に新築されたばかり。建物や設備は新しい。ハードウェアは良さそう。しかし、スタッフ等のソフトウェアがどうなのか、かなり心配である。

 

 ベッドに横たわっていて驚いたのは、実に色々な人々が次々とやってくることである。まず、三時間おきに、看護婦が現れ、脈拍、血圧、体温、呼吸数を調べて、グラフに書き込んでいく。

八時ごろに、薄緑色のワンピースの制服を着た、食事係が朝食のワゴンを押してくる。ワゴンには、コーヒーの自動販売機みたいな機械が乗っている。係りは殆ど黒人の二十歳にもならないような若い女性である。朝食の選択肢はパンかコーンフレークしかない。パンを選んだ場合、オレンジマーマレードにするかイチゴジャムにするかの選択肢があるにはあるが。飲み物は紅茶かコーヒーかホットチョコレート。私は食パンを二枚とマーマレード、ミルク入りの紅茶をもらう。

朝食の後、看護婦が現れ、朝食後服用すべき薬を置いていく。ついでに、腹に「血液をサラッとさせる」という飛び切り痛い注射を打っていく。通常、腹の脂肪に注射するのであるが、マラソンランナーの私の腹には脂肪が殆どない。直接筋肉に注射されることになり、痛みがひどい。

 九時を過ぎると、掃除人が現れる。年配の黒人の男性である。最初はモップを持って、次は掃除機を引っ張って。彼の掃除の仕方が実に雑。昔、母が言っていた「四角い部屋を丸に掃き」という言葉を私は思い出した。

 十時ごろにまた食事係がワゴンを引いて現れる。今度は「お茶」の時間。これは午後三時にもあり、「お茶」を尊ぶ英国の良き伝統であると、一人で感心する。只、調子に乗って紅茶を飲みすぎると、夜眠れなくなる。

 薬剤師が現れ、私が日常飲んでいる薬について、尋ね、メモを取っていく。

 十一時半頃に、食事係が今度はワゴンなしで現れ、昼食のメニューを聞いていく。メニューは前菜、メイン、デザート、それぞれ三種類の中から選べる。前菜と言っても大抵はスープ。メインも、ヴェジタリアン用、肉、それからサンドウィッチ、パイなど冷たいものからひとつ。デザートは、バナナ等の果物か、プリンとか、ヨーグルトから一品。十二時半に昼食。量は極めて少ない感じがした。しかし、ニ、三日すると、最初少ないと感じていた食事の量が、ちょうど良く感じられるようになった。なるほど、病院の食事は、ずっと寝ている人を対象に考えられているのであると、改めて気が付いた次第。

 

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