退院

 

 目を覚ますと、ベッドの上に寝たまま、廊下を移動していた。どれだけ時間が経ったのか分からない。横にステファニーと名前の看護婦の顔が見える。彼女が手術室まで付き添ってくれたのである。

「電気ショックの結果はどうだった。」

僕はおそるおそる彼女に聞いてみた。

「心臓は元に戻ったそうよ。」

彼女は言った。「やったー」私は、右手の拳を毛布から突き出した。

 病室に戻り時計を見る。まだ十二時半である。手術室に入ってからまだ一時間と少ししか経っていない。私は、携帯から妻に電話をし、治療が成功したことを告げた。妻は余りにも早く終わったことに驚きながらも、喜んでくれた。病室に帰ってからも、まだ点滴が続いているのと、ほっとしたのか一度に疲れたが出て、ベッドに横になっていた。

 

 午後四時に、電気ショック治療を担当した心臓科の医師の回診を受ける。彼の話によると、第一撃目の一番弱い電気ショックで、私の心臓は元のリズムを取り戻したそうである。医師は驚いたことに、今日中に退院してもよいと言う。嬉しい知らせではある。しかし、全身麻酔を受けてからまだ数時間しか経っていないのに、本当に良いのかと考えてしまう。基本的に、慢性的な病床不足に悩むNHSの病院は、自宅療養ができる患者はどんどんと退院させてしまうと聞いたことがある。しかし、その日の朝まで動けなかった私が夕方には退院するというのは、全く意外な展開であった。妻に、電話をかけたが驚いていた。まさか私が今日退院してくるとは夢にも思っていなかった妻は、外出中だった。私は、タクシーで帰らざるを得ない。

 

 午後六時、胸いっぱいに貼り付けられていた心電図のための電極を取り、点滴のために手の甲に差し込まれた針を抜いてもらい、私は歩いてCDU病棟を後にした。六日ぶりに、外に出る。辺りは暗くなっており空気が冷たい。私は自分が全く見知らぬ世界に迷い込んだような錯覚を受けた。中庭をゆっくりと正面玄関に向かって歩く。幸い息は切れない。

 正面玄関の椅子に腰掛け、そこからタクシー会社に電話をした。ふと目を上げると、契約先のHさんが玄関を入って来られるのが見えた。私はHさんを呼び止める。私が重病と言うことを知り、わざわざ見舞いに来てくれたHさんは、その私が玄関の椅子に座っているのを見て、大変驚かれたようだった。

「退院できることになりました。」

私の言葉に、Hさんは仰天。

「本当に大丈夫なんですか。」

と何度も念を押された。私は、今日の朝からの出来事をHさんに説明した。

「いかにもNHSらしいですな。」

Hさん。そのとき、タクシーが到着。私はHさんにお礼を言い、車に乗った。

 

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