「イエスとパウロ」

 

 

 基本的にヨーロッパからアジアの言葉は、フィンランド語、ハンガリー語などの例外はあるものの、インドゲルマン語族に属している。紀元前4000年前後に、黒海のあたりに住んでいた民族の話していた言葉が、ヨーロッパ、アジアに広まったものと考えられている。言葉はすなわち文化である。インドゲルマン語族文化の基本は多神教、つまり、万物に神が宿るという考え方である。ヨーロッパ、アジアに伝わる土着の神々の名前は、距離が離れていても驚くほど似ている。(ノルウェーとインドの神の名前に共通点があるくらい。)また彼らは、人間は生まれ変わる、つまり魂は輪転すると信じていた。

 これに対する語族はセム語族である。この言葉はかつて、アラビア半島で話されていた。代表的なものがヘブライ語、それを使う代表選手がユダヤ人である。基本的に、セム民族は、唯一の神を信じ、その神の姿を絵や彫刻に表すことを禁じていた。

 つまり、かつてここに相容れないふたつの語族、文化が存在していた。それがキリスト教により、ひとつのものになるのである。

 モーゼがエジプトで奴隷となっていたイスラエルの民、ユダヤ人を連れてエジプトを脱出したのは紀元前1200年頃だと思われている。その後、紀元前1000頃、イスラエルはサウル、ダヴィデ、ソロモンの三王の下で繁栄する。しかし、その後イスラエルは南北に分裂、紀元前722年に北が消滅、BC586年には、南がバビロニアに占領され、ユダヤ人は再びバビロンに捕囚となってしまう。その後、現在のイスラエル一帯はローマ帝国に占領され、彼らの支配を受ける。

 ユダヤ人は、どうして自分たちの身に、何故次々に苦難が訪れるのかを考え、それを神から与えられた試練であると理解しようとした。そして、いつかは「メシア」、「キリスト」(救世主、解放者)が現れ、自分たちを救ってくれるものと信じた。

 最初、ユダヤ人は、救世主を政治的な存在と考えていたようだ。そこへイエスが現れる。彼は政治的、軍事的にではなく、精神的に人々を救おうとした。彼の主張の根本は、徹底した隣人愛、つまり「敵をも愛せ」という精神である。彼は、神の寛容さを説き、自分はユダヤ人だけではなく、全人類を救うために現れたと説いた。しかし、彼の思想は、当時の為政者たちにとっては危険なものであり、彼は死刑を宣告され、刑場に消える。

 イエスの弟子、パウロは、イエスの死後、その教えを広めるために、各地を精力的に旅する。彼はアテネにも現れ、人々にイエスの教えを説いている。「神」が哲学的な存在であったギリシアにおいて、キリスト教徒の説く「個人的な神」の考え方は斬新なものであったろう。ともかく、キリスト教は草の根レベルでだんだんと広まっていく。

 キリスト教を受け入れる上での最大の難関は、「非ユダヤ人がユダヤ人の道を行って良いのか」という点がある。また、「イエスは神なのか人」なのかという疑問であった。これらに対してキリスト教会は、それらの疑問に対する回答のために、共通の「信仰告白」を用意した。キリスト教はユダヤ教の一派ではなく、全く新しい普遍的な存在であること。旧約聖書に現れる古い神との契約は、イエスにより新しい契約に置き換えられたこと。イエスは神であり、同時に人でもあること」。これらが信仰告白の中で暗示された。これが、後のキリスト教会の「ドグマ」(教義)の基本となっている。

 

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