帰国第一声

 

G君一家と島のリゾートに向かう。

 

 八月二十六日の午後、僕はヒースロー空港で末娘の到着を待っていた。早めに仕事を終えて三時過ぎにターミナル三に着いたとき、娘の乗ったシンガポールからの飛行機は予定より早く着いたらしく、案内画面には「着陸済み」の表示が出ていた。しばらくして、表示が、「SQ三〇八便、バッゲージ・イン・ホール」に変わる。荷物が出てきたのだ。それまでベンチに座っていた僕は、出口の前へ行き、手すりに寄りかかり、自動ドアから出てくる人々を注視し始めた。

 末娘のスミレ、またの名をモニカ、通称ポヨ子(十七歳)は、七月末から八月の下旬までの四週間を太平洋に浮かぶソロモン諸島、ガダルカナル島で過ごしていた。同島のベティバツ村の学校でボランティアをしていたのだ。そのポヨ子がオーストラリアのブリスベーン、シンガポール経由で今日ロンドンに帰って来る。

娘との四週間ぶりの再会は、もちろん楽しみである。しかし、同時に、スミレが空港で発する第一声のことを考えて、僕は少しナーバスになっていた。果たして、彼女は「楽しかった」と言ってくれるだろうか。もし「あんなところもう二度と行きたくない」と言ったらどうしようかと。

 スミレは三週間、電気も水道も電話もインターネットも何もない、ジャングルの中の村で暮らしていた。そして、それを彼女に勧めたのは父親であるこの僕なのだ。「フィクサー」として、自分の企画が満足してもらえたかどうか、彼女の「帰国第一声」は大いに気になるところだった。

 空港で他人を迎えるのは苦手だ。次々と出てくる人々を、ずっと凝視していないといけない。目を離すと、その間に待ち人が出てきそうな気がする。事実、なかなか現れないのでシビレを切らせてトイレに行ったり、店で飲み物などを買っていると、決まってその間に待ち人が現れる。今回、スミレの三十時間を超える長旅のことを考えると、こちらから彼女を見つけ、声をかけてやりたい。

 四時少し前、次々と出てくる乗客の中に小柄なスミレを発見、手すりを離れて、手を振りながら彼女に駆け寄る。スミレも直ぐに気がついた。両手を広げて彼女を待ち、飛び込んできたのを抱きしめて、左右のほっぺに交互にキスをする。恐る恐るスミレに尋ねる。

「で、どうだった?」

「良かった。今までの夏休みの中で最高の夏休みだった。忘れられない体験だった。」

スミレはそう英語で答えた。やったあ。それを聞いて僕は嬉しく、そして心からホッとした。南の国で過ごし、もっと真っ黒に日焼けしてくるかと思ったが、案外とスミレの顔は白かった。少し痩せたかなと感じるが、元気そうだ。

「元気だった?お腹こわさなかった?」

僕が聞くと、スミレは言った。

「ずっと元気だった。最初はちょっとホームシックになったけど。」

 

波でびしょ濡れになりながらリゾートに到着。

 

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