死のロード

 

「これって死のロードやん。」

九月と十月の予定が決まったとき、僕は呟いた。今年は十月九日にシカゴマラソンに参加することにし、その四週間前、九月十一日にドイツのケルンで練習の一環としてマラソンを走ることに決めた。ところがその中間に出張がふたつも入ってしまったのだ。

910日から12日 ドイツ、ケルン(マラソン参加)

916日から20日 オランダ、アムステルダム(出張)

923日から27日 ドイツ、メンヒェングラードバッハ(出張)

106日から10日 米国、シカゴ (マラソン参加)

こんな予定になってしまった。

 「死のロード」と言うのは、阪神タイガースが、夏の高校野球開催のためホームの甲子園球場が使えない間、長いロードゲームに出ることを指す。暑い中、ホテル暮らし、アウェーでの試合、選手も結構大変だろうと思う。ところで、その阪神タイガースだが、今年は優勝しそうな雰囲気。阪神ファンの僕は、タイガース優勝決定の日の夜、ロンドンの阪神ファンをトラファルガー広場に集めて、お祝いをする計画を立てていた。もし、僕がロンドンに居ないときに優勝が決まったら、僕自身も残念だが、祝賀行事の主催者がいなくなってしまう。いずれにせよ、仕事が最優先であるので、それは仕方がないことだが。

 出張中は外食が主になる。それにアウェー試合のストレスもあり、その反動でつい食べて飲む。トレーニングの時間も十分に取れない。従って体重が増えてしまう。体重が二キロ増えたら、その重量(二リットル入りのペットボトルと同じ!)を担いで、四十二キロ余を走らなくてはいけないのだ。出張中の体重管理には、よほど注意を払わなければ。

 ケルンマラソンの出発前、荷物を預けた僕は、走り仲間の川口さんと一緒にスタート地点へ向かって歩いていた。川口さんは僕と同い年なのに、いつも僕より三十分以上早くゴールする「スーパー中年ランナー」なのだ。何より、彼は細い。

「これからシカゴまで出張続きなんです。出張だとついつい食べ過ぎて、太ってしまうし、困ってるんですよね。」

と僕は川口さんにこぼした。ドイツにいる日本人の走り仲間には、出張の多い人が多く、ブダペスト、モスクワ、それから東欧の名前も知らない町へ出張して、そこで走ったなどという報告メールがよく届く。自動車メーカーに勤めている川口さんは言った。

「何言ってるんですか。僕なんか出張ばっかりですよ。前日の夜帰ってきて、翌日フルマラソンなんてのもあります。出張中、極力食べないようにしてます。接待する方も、会社の経費で旨いものを食えるので期待しているでしょ。だから、僕が出張に行くと、嫌がられるんですよね。」

ふーん。やっぱりね。体重のコントロールは、意思の力の問題なのだ。僕は何となく納得し、前の方からスタートする川口さんと別れ、自分のスタートゾーンに入った。

 

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