六甲颪

 

 ドイツから戻った九月二十七日、阪神タイガース優勝へのマジックは三に減っていた。「お祝い」の主催者である僕にとって、オランダ、ドイツ出張中に優勝が決まらなかったことは、本当に幸運だった。「お祝い」は全く僕の個人的な趣味で、地元情報誌を通じて呼びかけたものだった。もし自分がいないときに優勝が決定したらどうするかは、全然考えていなかった。それを考えるのに、余りにも忙しく、余りにも疲れていた。

 二十八日から二日間、阪神は甲子園で巨人と戦うことになっていた。そこで優勝決定となる確率が極めて高かった。果たして、二十八日、阪神が勝ち、マジック対象である中日が敗れ、一挙に優勝まであと一勝となった。つまり、二十九日の優勝決定は、ほぼ確定的となった。僕は、二十九日の午後、休暇を取った。

 二十九日、昼休み、会社を出るときに、阪神は三対〇で巨人をリードしていた。もう、優勝は疑いない。僕は途中ショッピングセンターに立ち寄り、横断幕を作るための黄色い画用紙を買った。家に戻り、インターネットで調べると、阪神の優勝が決定していた。嬉しいが、のんびりしてはいられない。僕は、書道用具を出して、「祝優勝阪神タイガース」の横断幕を作り始めた。娘のミドリがやってきて、

「パパ今日会社サボったの。」

と聞く。

「当たり前よ。会社が大事か、阪神タイガースの優勝が大事か、決まりきったことよ。」

と余り教育的でない返事をする。横断幕を完成させ、六甲颪のCDを探し出し、ラジカセの電池を買いに行き、同時に六甲颪の歌詞カードをコピーした。

 五時半に家を出て、集合場所のトラファルガー広場に着いたのが六時半。何と、二年前、阪神ファンが相次いで飛び込んだ噴水には水がない。前もって抜かれてしまったのだろうか。

 最近、ロンドンではどこも警備が厳しくなっており、警備の人間に尋ねたが、広場で届出のない集会は駄目だと言われた。

「しかし、階段の上に大理石のラインがあって、その外側は自分の管轄外だから、俺は知らん。」

とのこと。嬉しきセクショナリズム。それで、その大理石のラインの外、ナショナルギャラリーの前でうたうことにした。七時半になり、お集りいただいた五十人余りをその場所に誘導していると、今度は警察官からクレーム。テレビ局がライトのついたカメラで追いかけて来るものだから、目立ってしまったのだ。事情を説明して、「十分間だけ」という条件で許可をもらう。

 無事六甲颪を歌い終わった後、その警察官に「理解していただいて有難う」と皆でお礼を言った。それから集まってくれた皆でパブへ行き、祝杯を挙げた。

翌日、日本の友達から、テレビのニュースに出ていたとメールが来た。添付写真を見ると、昨日の自分がアップで映っていた。

 

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