The 日本酒 in USA

 

 Nさん宅で居候の私は、食事を作ることをせめてもの仕事と決めた。朝は、煮干でダシを取り味噌汁を作り、夕食も三日間作った。(Nさんは独り暮らしのわりに、食材、用具を揃えているのである。)

 私の家では、土曜日と日曜日は私が料理をすることになっている。妻曰く「土日は趣味の日」。料理は妻にとっては仕事であるが、私にとっては趣味、それで週末には私が料理番になる。子供たちもたまに料理人が替わると違った味が食べられるので、私の料理を喜んでくれる。それで今回のように休日にどこかへ出かけても、条件反射的に料理を作ってしまうのである。今年、家族でフランスへ休暇に出かけ、コテッジで自炊していたときも、一週間、私が条件反射的に食事を作っていた。ロンドンに戻り、妻が友人にフランスに言ってきたと話したところ、「フランスは食べ物が美味しかったでしょう。」と聞かれて返答に困ったそうである。

 参考までに、シカゴでの三日間の献立のメインディッシュは、一日目が石狩鍋、二日目が煮物、三日目が鶏の照り焼き。石狩鍋は、函館出身のNさんの流儀で、食べる前にイクラをばら撒くという、誠に豪華版であった。着いた日は韓国焼肉を食べに出かけたので、「アメリカ料理」は全然食べていないことになる。

 私の料理の手順。先ず、台所で、冷蔵庫を開ける。ビールを取り出し、栓を抜き、一口飲む。飲みながら段取りを考え、飲みながら下ごしらえをし、飲みながら調理をする。料理が出来上がる頃には、ビールの小瓶が三本ほど空になり、自分も出来上がっている。今回も、Nさんの冷蔵庫に、ビールがぎっしり入っているのをいいことに、ほろ酔い気分の料理となった。

 料理が出来て、食卓に運ばれると、Nさんが日本酒の瓶を持ち出してくる。それをあるときは「冷」であるときは「燗」で飲みながら、男二人の夕食の宴が繰り広げられるのである。Nさんは日本酒党。Nさんが注いでくれた酒を口に含む。サラッとして美味い。

「この酒、なかなかいけるでしょ。」

Nさんが聞いてきたが、なかなかどころか結構いける。聞いて驚いたのだが、カリフォルニア米を使用して、アメリカで作っている酒だと言う。

 英国でも日本酒は手に入る。しかし、日本より、南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、スエズ運河、地中海、ジブラルタル海峡を通ってはるばる運ばれて来る酒である。高い。そして、おそらく防腐剤のせいだと思うのだが、飲んでいるうちに頭が痛くなってくるのである。二日酔いで翌朝頭が痛いというのは仕方がないにしても、飲んでいる最中に頭が痛くなるのは出来れば避けたい。それで、私は英国ではほとんど日本酒は飲まず、日本料理を食べに行っても、いつも焼酎のお湯割りをチビチビやっている。

 アメリカで酒が作られていて、それが美味いのは知らなかった。米国と言うくらいだから、良い米が取れるのではないかと、くだらないことを考えてしまう。私はNさんが何となくアメリカが気に入っている様子を感づいてはいたが、その真の理由が分かったような気がした。

 私は、土産に日本酒を買って帰ることにした。ロンドンからシカゴへ遊びに来て、日本酒を土産にするなど、ちょっと正気の沙汰とは思えないが、それほど気に入ったのである。Nさんは私を近くの日本食材店に連れて行ってくれた。そこの日本酒コーナーで、値段を見てまた驚いた。一本が七、八ドル。日本円で千円程度なのである。一、五リットルなので日本の一升瓶よりは少し小さいが、それでも、日本よりも安いかもしれない。吟醸酒まであり、それは十五ドル。私は土産に吟醸酒を一本買った。私はそれを「シカゴ・トリビューン」の新聞紙とビニール袋で包み、リュックサックの縦に入れて、ロンドンまで担いで帰ったのである。

 

 このまま、この旅行記を終わると、本当に、シカゴまでテレビを見に、酒を飲みに行ったのだと誤解されるといけない。最後に私の見たところを少し紹介しておきたい。いずれにせよ「怠惰な旅行者」の四日間の立ち回り先はそれほど多くない。

 シカゴの街中では、シカゴ美術館を訪れた。私は、絵を書くのも、見るのも大好きなのである。この美術館は、モネ、セザンヌ、スーラなどのフランス印象派の絵がたいへん充実、また二十世紀から現代に至るまでの作品も豊富である。ロンドンのナショナル・ギャラリーは結構古典的な、ともすれば暗くて古臭い絵が多い。シカゴ美術館はそれに比べ、建物は重厚なのだが、並んでいる作品から館内がとても明るい印象を受けた。

 シカゴはニューヨークの摩天楼と並んで、高層建築が有名。とにかく、ダウンタウンでは幅二十メートルくらいの、それほど広くない道路を挟んで、高さ百メートル以上のビルが両側にそびえ立っている。日照権なんて関係ない。窓の外には、隣のビルの窓しか見えないであろう。高いビルの間を常に強風が吹きぬけている。シカゴは風の街でもある。世界で二番目に高い建物と言われる「シアーズ・タワー」。ニューヨークの世界貿易センターの次はここがテロリストの標的だという噂のためか、観光客は締め出しになっていて、前まで言ったが、登ることはできなかった。

その後、秋の日差しを浴びながら、中年男ふたりはミシガン湖畔で「日向ぼっこ」をした。高層アパートを背景に、水辺の色づいた木々の下、ショートパンツのお姉さんがジョギングをしている姿。「これぞアメリカ」だと思った。

 フランク・ロイド・ライトと言う著名な建築家の手になる家がたくさんあり、ヘミングウェーが住んだと言われるオークパークと言う地域にも行った。高級住宅街で、ライトの設計したものでなくても、一目見ただけで住んでみたいと思うような家がたくさんあった。家の前には、ハローウィンが近いということで、丸ごとや、中身を刳り貫いたカボチャが並んでいた。

 これで、私の第一回目アメリカ訪問の記録はお終い。でも、近いうちにアメリカにはまた出かけそうな気がする。