別れの曲

 

イワシの唐揚げ。オリーブ油で揚げてレモンと醤油で食べると美味い。特に頭が。

 

最終日、マユミとふたり七時に起きて海岸沿いを散歩する。少しジョギングを混ぜて隣町のペリッサまで歩く。水平線付近には雲があって、太陽が水平線から昇るのは見えない。しかし、全然雲のない日の出というもの単調すぎて面白くない。適当に雲のある方が、アクセントがあって美しい。今日も雲間から漏れる光線が舞台を駆け巡るスポットライトのようである。

アパートに帰って、朝食にまだ残っていたイワシを唐揚げにして食べる。ネコにやろうと言っていたのに。結局全部自分たちで食べてしまった。その後パッキングをするが、今回はふたりで荷物も少ないのであっという間に済んでしまう。その後は部屋で旅行記、つまりこの文章を書いて過ごす。マユミは絵葉書をまた何枚か書いて、ポストに出しに行った。旅行記を書くのにも飽きてきたので、十一時ごろにプールで泳ぐ。サントリーニ島で泳ぐのも、これが最後である。

ツアー会社の主催する「パッケージホリデー」では、同じ曜日に一斉に泊り客が入れ替わる。それが、飛行機やホテルの部屋を最も効率的に使う方法なのであろう。したがって、どのパッケージも、「火曜日から火曜日」、「木曜日から木曜日」というふうに、七泊八日か、十四泊十五日で組まれている。したがって、通常であると、最終日には、同じ日に着く次の客のために、十時ごろまでに部屋を空にしなければならない。しかし、今回はその必要がない。僕らが今年最後の客。もう僕らの後の客はないのだから。

ということで、泊り客は皆今日発つのであるが、行き先がガトウィック、マンチェスター、ニューカッスルとそれぞれ違っている。その中でもガトウィック行の飛行機が一番早く、昼過ぎに出発する。ガトウィックに向かうのは僕たち夫婦だけである。

荷物をプールサイドまで下ろして、バスが来るまでプールサイドで待つ。BGMの調子が突然変った。急にロックっぽい曲になり、よく聞くと歌詞が日本語。宿の主人が別れ際にまた日本の曲をかけてくれたのである。新しすぎて、誰が歌っているのかは分からないが。

十二時二十分に迎えのバスが到着、後に残っているニューカッスルとマンチェスターに飛ぶ皆にさよならを言ってバスに乗り込む。

空港に到着。チェックインを済ませた後、屋上のテラスに座り、ワインを飲んで飛行機を待つ。間もなく機体に「トーマス・クック」と書いた飛行機が到着。飛行機は駐機場に停まり、タラップが横付けされる。何となく乗客が降りてくることを予想していたが、誰も降りてこない。それもそのはず、僕らが「トーマス・クック」を使ってサントリーニ島を訪れる今年最後の客なのである。飛行機は空で飛んできたのである。

搭乗が始まる。「乗客」のひとりに旅行会社のレプ、アンディもいた。彼も半年間のこちらでの仕事を終え、英国に帰るのである。サントリーニ島では、これからもしばらく太陽と、きれいな海があるというのに、もうそれが活用されないというものもったいないような気がする。ともかく、名残の夏を乗せて、飛行機はサントリーニ空港を離陸した。

 

名残の夏を乗せて飛行機は飛び立つ。

 

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