見て後悔するのと見ないで後悔するのはどちらがよいか

 

 四時に、映画館の前でマユミとミドリと出会う。ふたりとも赤い自転車を押して、青いプラスチックのヘルメットをかぶっていた。ホテルで自転車を借り、サイクリングをしていたのだ。自転車には変速機がついておらず、これで坂の多いストックホルムの街を走るのはちょっときつそうだなと思った。サイクリングは面白かったかとふたりに聞くと、

「街の中は走りにくかったけれど、街を抜けて運河に沿って走るのはとても気持ちよかったわ。」

とミドリが言った。

 マユミが映画は面白かったかと僕に尋ねた。

「全然。だって原作と全然違うんだもん。結構面白い原作なのに、あんなに変えなくてもいいものを。ちょっと後悔してる。」

僕はそう言った。

「でも、見なかったら見なかったで後悔しているだろうし、見て後悔している方がいいんじゃない。」

と彼女は言った。自分の妻ながら、なかなか上手い事を言うものだと、僕は感心した。

 読書家のミドリに、先ほどカフェでスウェーデン人の男性が読んでいたニック・ホーンビーの本を知っているか聞いてみた。

「うん、知ってる。面白い本だわ。他の本はそれほど面白くないけど。あれは面白い。」

彼女は、先ほどの男性と一緒のことを言った。一度読んでみる価値がありそうだ。

 自転車をホテルに返してから、またドロニングスガタンの商店街に出た。息子のワタルに何か土産を買うためだ。土産には、スウェーデンにしかないデザインのTシャツが良いのではないかということになった。土産物屋にあるTシャツには、黄色と水色を基調にしたものが多い。もちろん、これは水色の背景に黄色い十字のスウェーデンの国旗から来ているものだ。スウェーデンのナショナルチームのユニフォームは、サッカーでもアイスホッケーでも、皆黄色と水色なのだ。そんな色彩の中にいたせいか、僕もスポーツ洋品店で、何となく水色のセーターが欲しくなって買ってしまった。

 ミドリはお兄ちゃんの土産のTシャツを選んだ後、「レッド・ツェッペリン」のバナーを自分用に買っている。このあたり、何故それがスウェーデンの土産なのか理解に苦しむ。買い物をしているとき、クローネでの金額がなかなかピンとこない。十四クローネが一ポンドなので、十四分の一すればよいのだが。「ええと、ポンドに直すと幾らかな」と考えていると、ミドリがさっと答える。暗算の速いやつだ。妻は算盤の先生で、僕はプログラマーなのだが、形無しという感じ。

 買い物を終えた後、夕食のためにタパス・バーに入った。小さな皿に入ったタパス料理を何品も頼む。僕たちはスウェーデン最後の食事に、色々なものを食べて満足した。店のテレビでは、サッカーのコンフェデレーションカップ、三位決定戦をやっていた。

 

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