ティツィアーノを求めて

 

ブルネッティ縁のクウェスツラ(警察署)の前で。

 

 怠惰な旅行者である僕だが、今回ヴェネチアで是非とも訪れたい場所が三箇所あった。ひとつは、ブルネッティが働いているとされている警察署、クウェスツラ。シリーズの第一作の舞台になったラ・フェニーチェ劇場、それとアカデミア美術館である。美術館はブルネッティとは関係なく、単に僕が絵を描くのと見るのも好きだという理由だが。

クウェスツラは、二日目の午後に訪れた。どうしてそんな所を見たいのよと言う他の家族のメンバーに、「お願いお願い」と繰り返しながら。訪れたと言っても前を通っただけだが。もっと堂々とした建物を予測していたが、小さくあっさりした建物だった。イタリアの旗とEUの旗が掲げられており、前の細い運河ではごみ収集船が立ち働いていた。当然のことながら、ヴェネチアでは、警察もボートで出動するし、ごみ集めも専用のボートが行うのだ。

 数年前、ロンドンのナショナル・ギャラリーでティツィアーノの特別展があった。僕はそれを見たくて、ある土曜日の昼にスミレと美術館に行った。しかし、満員で、前売り券がなければ入場できなかった。翌週、仕事が終わった後、同僚の某女性と再びギャラリーを訪れた。しかし、そのときも満員。結局ロンドンではティツィアーノに会えなかった。それで、今回はぜひ彼の故郷で、その作品をじっくり見てみたいと思っていたのだ。

 二日目の夕方、サン・マルコ広場の対岸にある教会、サンタ・マリア・デラ・サルーテで数枚のティツィアーノの作品を見た僕は、三日目の午前中をアカデミア美術館見学に充てることにした。

 美術館なんて退屈だよと言うメンバーもおり、翌朝八時にホテルを出たのは、僕と息子のワタルと末娘のスミレの三人。前日の雨模様の天気とは打って変わり、空には雲ひとつない。ヴェネチアに向かう橋の上から見ると、昇る朝日がキラキラとラグーン(干潟)の水面に反射している。

 例によって、ローマ広場で大運河を行くヴァポレット一番に乗り換える。アカデミアで降り、目の前の美術館に入った。まだ九時。美術館は朝八時十五分から開いている。朝早いこともあり、館内は空いており、ゆっくりと見ることが出来た。殆どが宗教画なので、ちょっと胸につかえるが、館内は年代別に配置されており、宗教画と言えども、時代とともにだんだんと「動き」が加わり、構図が大胆になっていく様子が分かり、とても面白かった。もちろん、念願のティツィアーノの絵にも沢山出会えた。

 美術館では、カルパッチョという画家の特別展をやっていた。カルパッチョって、イタリア料理の前菜で、肉の薄切りのことだけかと思っていたが、本家ヴィットーレ・カルパッチョはヴェネチアを代表する画家だったのだ。色も構図も、ものすごくはっきりした、明快な絵を描く人である。ルーブルなどの他の美術館からも数点出品されていた。後で知ったことだが、彼の絵は赤い色の使い方に特徴があり、「赤」という色から、赤身の肉の薄切りに、彼の名前が付けられたと言うことだ。

 

赤い色が美しい、カルパッチョの絵画。

 

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