メニューのないレストラン

 

細い路地を行く娘たちと影法師。

 

メストレのホテルに帰った我々は、ちょっと早いが、食事に出ることにした。息子が昨夜駅前で「良さげ」なレストランを見つけたと言うので、彼の先導で行ってみることにした。なるほど、駅前の四つ星ホテルの一階に、なかなか高級そうな店があった。しかし、開店は七時半、それまでにはまだ一時間近くある。腹を減らした我々は、別のレストランを探すことにした。駅前通りに沿って歩いて行くと、五十メートルほど先に、一軒の庶民的な感じのレストランがあった。値段も高くなさそうだし、入ってみることにした。

入り口の横のバーで、地元民の親父が数人何かを飲んでいた。酒だと思う。玄関で、ひげ面の店主と思しき親父に「チンクエ・ペルゾーニ(五人)」と言うと、彼は我々を角の席に案内した。

白いTシャツに黒いスラックス、白い短いエプロン、金髪をポニーテールにした、可愛いお姉さんが注文を取りに現れた。お姉さんは、イタリア語で料理の説明を始めた。その時、我々はその店にメニューの無いことに気が付いた。イタリアにはメニューを置かず、口頭でその日のシェフお薦め料理を説明する店がよくあるのだ。しかも、そのお姉さんは英語を全然喋れない。息子と僕は、ありったけのイタリア語の知識を凝縮してお姉さんの説明を聞き、ありったけの語彙を駆使して注文をした。妻と娘たちは最初から白旗、お任せムードだ。ワイン、ミネラルウォーター、パスタ、サラダ、メインディッシュを注文。と言うよりも、お姉さんの言葉に頷いただけという感もあるが。メインを注文する際、お姉さんが僕を調理場の入り口まで連れて行った。そこには、串刺しになった何種類かの肉が遠火でグリルされていた。百聞は一見に如かずと言うことか。余り量が多くても食べ切れないので、三人前という英語「スリー・ポーション」をイタリア風に「トレ・ポルティオーニ」と言ってみた。通じたかどうかは定かでない。ワインを半リッターというのに、お姉さんは「メゾ・リートレ」と言った。「メゾ」は半分のことなのだ。「メゾ・フォルテ」「メゾ・ソプラノ」の意味が初めて分かった。結局ワインはお代わりしたので、最初から「メゾ」ではなく、一リッターを頼めばよかったのだが。

隣に、ドイツ人の三人連れが座っていた。彼らもイタリア語を全然話せないので、注文に苦労していた。無理して英語で話そうとして、時々思わずドイツ語が混じるのが可笑しい。我々は例え片言でもイタリア語が喋れて、意思の疎通ができてよかったと思った。

我々はどんな料理が来るのか、ワクワクしながら待った。果たして、パスタも固ゆでで良かったし、グリルされた肉もスパイスが効いてなかなか美味しかった。食後、娘たちはデザートにケーキを注文して、僕はエスプレッソとグラッパ(薬草入り火酒)を注文した。地元民がやっているように、グラッパをエスプレッソに入れて飲んでみたが、これはイマイチ。やっぱり別々に飲んだほうがよいようだ。

お勘定は八十ユーロ。ヴェネチアで食べるのと殆ど値段は変わらないが、量と味は全然違う。我々は満足してホテルに戻った。

 

レストラン。寒いけれど外にもテーブルが。

 

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