目の下三十センチの舌平目

 

観光も完全武装で。

 

 木曜日の夜、O次長に夕食に誘われたが、疲れていたのでお断りする。翌朝アンディとジェイに聞くと、O次長にアムステルダム市内のインド料理店へ連れて行ってもらったとのこと。メチャ寒かったらしい。ここで風邪を引くわけにはいかない。実際今年は格別に寒い冬だが、風邪をひかないで、ここまでよく持っている。何とかこのままいきたい。

土曜日、いよいよ本番稼動スタートの朝。ロビーから駐車場に向かって歩いているとき、

「いよいよだね。」

とジェイに声をかける。

「さすがに緊張して、昨夜はよく眠れなかった。」

と彼は言った。

システムに切換えに手間取り、一時間遅れの午前十時に機械と人間が稼動を始める。問題の分析と解決は、お互いにキャッチボールをやっているようなもの。自分のところにボールが来ているときは極度に緊張する。若いジェイだが、そんななかでパニックにならずよくやっている。同僚、仲間だけならよいが、顧客が傍にいるときは、特に緊張する。

ともかく、その日は多少の問題はあったものの、ベルトコンベアは停まることなく稼動を続け、午後五時には無事目標を達成して、その日の仕事は終わった。

アンディは週末にロンドンへ戻るという。これから空港に行き、すぐに飛行機に乗っても、ロンドンに着くのは夜遅く。日曜日の夜には戻って来なければならないので、ロンドンには二十四時間もいれないだろうに。おまけにロンドンは霧のために、飛行機が遅れたり、キャンセルになったりしているらしい。彼には彼なりの事情があるのだろうが。

その夜、ジェイと僕はアムステルフェーンにある中華料理店に出かけた。彼は、本番稼動の第一日目が意外に上手くいったので、嬉しそうで、料理を注文するのにも気合が入っている。宗教上の理由で豚肉と牛肉を食えない彼は、ここ一週間、昼飯は「チキンカレー・サンドイッチ」夕食は「キップ・サテ」(鶏肉のピーナッツバターソースかけ)を食べ続けていた。よく毎日同じものが食えるものだ。彼は舌平目、僕は北京ダックを注文。彼はウェートレスに何度も、

「エキストラホット(激辛)にしてね。」

と注文を出している。しばらくして、料理が運ばれてくる。何と彼の注文した舌平目は目の下三十センチの大物。赤や緑の唐辛子の輪切りの浮かんだソースがかけてある。ジェイは食べ切れなくて僕にくれる。スパイシーなソースはなかなか美味しかった。

ホテルに戻り、テレビをつけるとドイツのフォルクスムジーク(ドイツの演歌)の番組をやっていた。僕は「爺さんのロック」と言われるこの手の音楽が、若い頃から何故か好き。思わず番組に見入ってしまう。歌手のハイノが登場する。若い頃からの白髪と濃いサングラス。彼はもう八十歳近いと思うが、まだ元気でやっている。説得力のある歌い方はドイツの三波春夫というところか。懐かしい思いで僕はハイノを見ていた。

これがハイノ。(ZDFより)

 

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