「錬金術師」

原題:O Alquimista

ドイツ語題:Der Alchimst

1988

 

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<はじめに>

 

童話とか寓話と考えるには余りにも大規模で、奥が深い。物語の展開も、登場人物も現実離れしているのだが、それでいて妙に生々しい印象を受ける。また、その登場人物の語る言葉も、非常に考えさせられるものがある。なかなか面白く、しかも「人生いかに生きるべきか」の勉強になる小説。

 

<ストーリー>

 

 スペインのアンダルシア、羊飼いの青年サンチャゴ。二回続けて同じ夢を見る。その夢の中で彼はピラミッドの横にいる。小さな子供が地面を指差して、そこに財宝が埋まっていると告げる。そんな夢だった。彼は、占いをやるジプシー女を訪ね、その夢の意味を尋ねる。彼女は、その財宝を捜しにピラミッドへ行った方がよいと、ごく単純に勧める。

 ある日、立ち寄った町の広場で、ひとりの老人に、喉が渇いたのでワインを一口飲ませてくれと頼まれる。サンチャゴは老人にワインを与える。サンチャゴはその老人と最初は気の進まない会話を始める。老人は地面に枝で何かを書く。それは誰も知らないはずのサンチャゴの生い立ちであった。

不思議な老人は、自分はサレムの王であると告げる。そして、サンチャゴに夢を叶えるために、ピラミッドへ行くことを勧め、自分の金の胸当てから白と黒の宝石をふたつ取り、サンチャゴに与える。

 サンチャゴは羊を売り払い、その金を持って、海を渡りタンジールに着く。しかし、そこで詐欺に会い、有り金を全部失ってしまう。サンチャゴはクリスタルガラス製品の店を訪れ、働かせてくれるように頼む。店の主人はそれを承知する。

その店の主人の夢は、人生に一度、メッカに巡礼することであった。しかし、若い頃は金がなくてそれが叶わず、金が出来てからは冒険を恐れるようになり、それに踏み切れないでいた。

サンチャゴの活躍で、店は売り上げを伸ばし、サンチャゴは一年後、失ったのと同じだけの金を得る。一度はスペインに戻ることも考えたサンチャゴであるが、自分の夢を叶えるべくエジプトに向かうことにする。

キャラバン隊に入り、砂漠を歩き出したサンチャゴは、ひとりの英国人と知り合いになる。英国人は鉛を金に変えるという錬金術を志し、砂漠の中のオアシスに住む、錬金術師を捜しに出かけるところであった。

砂漠では部族間の争いが起こり、キャラバン隊にとっては危険な状態であった。キャラバン隊は何とか無事にエル・ファヤムのオアシスに着く。当時のオアシスは、中立の非武装地帯であった。キャラバン隊は争いが静まるまで、そこの滞在することになる。

サンチャゴは英国人と一緒に、その近くに住むと言われている「錬金術師」を捜しにでかける。そこで彼女はひとりの若い女性に道を尋ねる。そして、ファティマというその女性に一目で恋をしてしまう。英国人は錬金術師を捜しあてるが、取り合ってもらえない。

ある夜、サンチャゴはオアシスが襲撃される夢を見る。彼はそれをオアシスの守備隊長に告げる。彼は自分の命と引き換えてもよいから、それを信じてくれるように隊長に頼む。果たして翌日オアシスは武装集団に襲われる。しかし、サンチャゴの助言により守備を固めていたオアシス側は、襲撃者を皆殺しにすることができた。サンチャゴは報酬として五十枚の金貨を受け取る。

サンチャゴは不思議な老人に出会う。その老人こそ、錬金術師であった。サンチャゴの勇気と夢を追う姿勢に同調した錬金術師は、彼を自分の弟子にして、エジプトまで一緒に旅すること提案する。

サンチャゴはファティマと一緒にいるために、ピラミッドへ行くという自分の夢を諦めることも考える。しかし、ファティマは、サンチャゴに「夢を追い」旅を続けるよう説得する。サンチャゴと錬金術師のふたりは、オアシスを発ち、エジプトに向けて出発する。

部族間の戦争が勃発している中の旅。サンチャゴと錬金術師は、何度か危機を逃れるが、最後はスパイと間違えられて、ある軍団に捕らえられてしまう。スパイと間違えられて、危うく殺されかかるふたり。錬金術師は、

「我々錬金術師は自然をコントロールすることができる。何なら風の向きを変えてみよう。それをするのに三日だけの猶予をくれ。」

と司令官に言う。そして、サンチャゴに風の向きを変えるように祈るように命じる。一日目、何も起こらない。二日目、風は起きない。三日目、いよいよ殺されるという直前に、風が吹き始め、それは烈風となり、軍団のテントや動物を吹き飛ばしてしまう。ふたりの力を恐れた司令官は、ふたりを解放する。

 途中に立ち寄った寺院で、錬金術師はある実験をする。そして、そこで本当に鉛を金に変えてしまう。彼はその金塊をサンチャゴに与える。その後ふたりは別れる。

 サンチャゴはついにエジプトに着き、ピラミッドの麓に立つ。それは夢に見たのと同じ光景であった。彼は財宝が埋まっている場所もしっかり覚えていた。彼はそこを掘り始める・・・

 

<感想など>

 

 「目標を持って生きている若者」を見るのは気持ちの良いものである。サンチャゴは文字通り「夢」を追って旅をしていく。財産を奪われ、女性に心を奪われ、あるいは武装集団に捕えられ、危うく命を奪われそうになる。彼自身、何度もくじけそうになるが、結局はピラミッドへ向かって、また旅を続ける。そんな彼の姿勢にまず清々しい印象を受ける。

 彼は生まれた頃からそうだったようだ。サンチャゴの父は彼を司祭にしようとした。しかし、旅の好きな彼は、羊飼いの道を選んだ。私自身も、子供の頃から、常に「どこかへ行きたい、遠くへ行きたい」と思っていた。芭蕉のいう「漂泊の想い」に苛まれていた。そんな自分とサンチャゴをオーバーラップさせてしまう。

 しかし、彼は周囲の強力なバックアップがあってからこそ、旅を続けることができたのである。まずは彼に「夢を追う」ことを熱心に勧めたサレムの王。彼に旅を続けることを涙ながらに勧めたファティマ。エジプトへの道を彼と共にする錬金術師。

この錬金術師、自分でも言うように「自然への観察力に長けた」人物である。この人物が「三日間のうちに風の向きを変えてみせる」と言ったとき、おそらく、空の微妙な変化から、三日後に天候が急変することを予測していたのだと思う。

ともかく、サンチャゴは自らの意思の力と、私と同じようにそれに共感した人々のバックアップで、ついにピラミッドの前に立つ。彼にとって、夢の実現の実現、またそこに財宝が隠されているという期待も然ることながら、あのピラミッドの前に立ったときに誰もが持つあの感動は、ちょっと言葉に書き切れないものがある。幸い私も昨年ピラミッドの前に立つことができた。

 

この物語の中で、色々な登場人物が、なかなか良いことを言っている。謎の老人、サレムの王は、人々が信じ込んでいる、「世界で一番大きな嘘」があるという。それは何かとサンチャゴが訪ねると、老人は答える、

「我々の存在の重要な局面では、我々は自分をコントロールする力を失い、運命に身を任せざるを得なくなる、それがそうだ。」

つまり「運命論の否定」、どんな局面に立っても、結局は自分の力で判断し、行動することにより、人間は自分の行き先を自分で決定していけるというのである。

 またサレムの王はこんなたとえ話も語る。

「ひとりの男が、賢者に、成功する秘訣を聞きに行った。賢者は、スプーンに油を垂らし、そのスプーンの油がこぼれないようにしながら屋敷の中を一周してくるように命じる。男は邸内を一周して戻る。しかし、スプーンと油に気を取られて豪華な屋敷の中の様子を見ている余裕がなかった。賢者は、もう一周して、屋敷の中の様子を自分に報告するように命じる。男は、今度は観察するのに気を取られて、スプーンの油をこぼしてしまった。」

つまり賢者のいう「成功の秘訣」とは「スプーンの油をこぼさないように細心の注意を手元に払いながら、しかも世界を観察する目を持つ」と言うことであった。この辺り、仕事をしている上でも、大変役に立ちそうな教訓である。

 またキャラバン隊のラクダ使いの言葉もなかなか良い。

「俺は飯を食っている間、飯のことしか考えない。歩いている間は歩いていることだけを考える。戦わなければならないときは、その日に死んでも悔いはないと思うことにしている。俺は過去にも未来にも生きていない。俺は今だけを行き、それだけに興味があるのだ。」

 

 クリスタルガラス店の主人は、若い頃メッカまで旅することを夢見ていた。しかし、彼には金がなかった。金の出来た今では、冒険をする勇気が萎えてしまっている。この本を読んで、まず考えること。中年を迎えた今でも、「夢を追う姿勢」だけは失ってはいけないということ。これほどストレートなメッセージを送ってくれる本も、なかなか貴重である。

 

20105月)

 

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