いざ出発・渓谷に分け入る

 

資材の運搬はウマかロバに頼るしかない。死んだら運んでくれるかも。

 

五時半に起きて、準備と台所の後片付けをしていると、ワタルが寝ているのにうるさいと文句を言ってきた。こっちだって、遊んでいるわけではないと言い返して、口論になる。昨夜、僕がもう寝てしまった後、ワタルとスミレが僕の分も弁当を作っておいてくれたのを知り、こちらが折れることにする。仲直りの握手をする。

朝六時二十分、車でアパートを出て、ハニアに向かう。「サマリア・ゴージ・トレッキング」の出発点はオマロスという村。オマロス行きのバスはハニアのバスターミナルから出ているのだ。トレッキングのスタートとゴールの場所が全然違うので、車は使えない。午前七時、ハニアのヴェネチアン・ハーバーに車を停め、バスターミナルに向かう。途中でワタルとスミレをターミナルの前で降ろし、バスの切符を先に買っておくように頼んでおいた。

今日の日程。先ずバスでハニアからオマロスへ。そこから峡谷に入り、五時間から六時間かかって走破、午後海岸のアギア・ルメーリという村に着く。その村へ陸路は通っていないので、午後五時半発のフェリーに乗り、一時間で山越えの道路のあるホラ・スファキオンという村まで行く。そこで六時四十五分発のハニア行きのバスに乗り、予定では夜八時十五分にハニアに着く。車を取って九時前後にカリヴェスのアパートに戻るという、早朝から夜に及ぶ、ちょっと考えるとうんざりするくらい長い日程だ。

七時半にハニアを出発したバスは、オレンジの畑の間を走る。乗客は二十五人程度、皆ゴージ・トレッキングに挑む人たちばかり。話し声から判断すると、実に多種多様な国から来た人々のようだ。ドイツ語も聞こえる。

バスは山道に入り、一時間後にオマロスに到着。バスを降りると、二千メートルを越える切り立った山々が目の前に聳えている。

「どこかに似ている。」

僕は呟いた。そうだ、スキーに行ったイタリアン・アルプスだ。僕たちのように路線バスで来た人たちの他に、ツアー会社の観光バスが数台到着、これからトレッキングに挑む人たちが続々とバスを降りてくる。

一帯は国立公園になっており、入山料が必要。入り口の料金所でひとり六ユーロを払い、山道に入っていく。車はもちろん通れない。建築資材と思われる材木をくくりつけた馬が数頭、若者に引かれて山道を下っている。

なるほど、下り一方だ。しかし、岩だらけの急な下り坂を降りるというのも、結構足の筋肉が疲れる。ゆっくり行こうとして、ブレーキをかけると、かえって膝に負担がかかる。ある程度のスピードで、ちょこちょこ駆け下りた方が楽だと気づく。ふたりの子供たちはピョンピョンと跳ぶように降りていく。前にも後にもたくさんの人々が歩いている。

一時間歩くたびに五分ほど休憩を入れる。三十分に一度休憩の出来る割合で、「休憩コーナー」が作られている。そこにはベンチがあって、水が流れ出しており、皆そこで持参のペットボトルに水を継ぎ足している。

 

水が流れているので、涼を取るのには助かる。

 

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