このDie Welt紙とのインタビューは、一九九九年四月、シュリンクの「朗読者」が米国のベストセラーチャートで一位となり、テレビ番組「オプラ・ウィンフリー・ブッククラブ」に出演のために渡米、帰国した直後に行われたものである。「ドイツの作家は読者のためではなく、批評家のために書いている」、ドイツ作家は社会との関わり合いを忘れ「自己の中に迷い込んでいる」という言葉は、内面性を重んじるばかりに難解に走る現代ドイツ文学の批判として興味深い。私も全く同感である。シュリンク自体も、ドイツ文学では古典は読むが、現代文学は殆ど読まないと言う。

 

 

              −全訳−

 

自己の中で迷い込まないために

Gegen der Verlorenheit an sich Selbst) 

 

良い文学は外の世界との戦いにより生きる

「朗読者」の作者、ベルンハルト・シュリンクとの対話

 

Die Welt紙、199943日紙面より)

 

ドイツ文学がアメリカ上陸。ベルリンのフンボルト大学法学部教授であり、一九九五年に発表された彼の小説「朗読者」により国内外で最も成功したドイツ人作家となったベルンハルト・シュリンクが、アメリカでオプラ・ウィンフリーの番組「ブック・クラブ」にドイツ人作家として初めて出演した。ベルリンに戻り、ドイツ現代文学における「偉大な無名人」であるシュリンクは「Literarische Welt」(訳注:Die Welt紙の文芸欄)の中で、彼の執筆と読書、アメリカでの体験、ドイツの文学界に対する見解を述べた。ティルマン・クラウゼ記者が彼の話を聞いた。

 

シュリンク:

ちょっと待って。急いで「紛失物保管所」に電話しなくては。ニューヨークから帰りの飛行機で鍵を忘れてしまいました。

 

記者:

象徴的な出来事ですね。

 

シュリンク:

何についてですか。

 

記者:

そうでしょ。たった一つしか解釈はありませんよ。あなたはアメリカに残りたかった。何の不思議もないでしょう。あなたはアメリカを征服したのですから。

 

シュリンク:

それは言い過ぎです。正しくは、私の「朗読者」がニューヨーク・タイムズのベストセラーで一位になったということです。もちろん、それは嬉しいですよ。特に「朗読者」からは私自身それほどの成功を期待していなかったので。

 

記者:

本当ですか。

 

シュリンク:

本当です。私は出版社がこの本を出すことを拒否するのではないかとさえ思っていました。私はミステリーさえ書いていれば良いと言われるのではないかとも。「朗読者」が読者に受け容れられたとき、私のミステリーと同じくらいの読者がこの本を読んでくれたことで、もう満足だと思いました。

 

記者:

そして今、ドイツの作家として、初めてアメリカのベストセラーのトップを行き、ゲストとしてアメリカの番組にも出演されたわけです。番組の司会者、オプラ・ウィンフリーは

どんな人でしたか。

 

シュリンク:

ただ一言、「強烈な印象」を受けました。彼女は賢く本を多読しています。その上、テレビに必要なエンターテイナーとしてのカリスマ性を備えています。そして、彼女の番組が人々に本当に読ませてしまうのです。「朗読者」を例に取ると、オプラ・ウィンフリーの番組で「今月の本」に取り上げられるに十三万部くらい売れていたのですが、その後一ヶ月の間にその五、六倍は売れましたから。

 

記者:

オプラ・ウィンフリーの番組中、他の出演者もいたのでしょう。その人たちは、作家や批評家のような「専門家」でしたか。

 

シュリンク:

いや、全く違います。オプラが自分の番組に招待した「普通の読者」でした。何千人もの応募者の中から五人が選ばれます。多分その人たちにとって人生の最高の舞台でしょうね。何人かはオプラと一緒に番組に出られたことで涙を浮かべて感動していました。

 

記者:

どんな人たちだったのですか。

 

シュリンク:

女性が四人と男性がひとり。女性向番組ですから。女性たちは少しですがアメリカの民衆を反映しています。OLがひとり、ユダヤ人の弁護士がひとり、エレガントな主婦と、それほどではない主婦でした。

 

記者:

典型的なアメリカですね。会話もアメリカ的に進んだのですか。

 

シュリンク:

かなりの場合でそうでした。「朗読者」が十五歳のミヒャエルと三十六歳のハンナの恋愛の物語だと言うことを思い出してください。アメリカではそれを「児童虐待」と結びつけるのです。そこで私たちは性的な、感情的な「虐待」がそこにあるかを話し合いました。次にミヒャエルとハンナの恋愛関係が本当のものではないかという疑問に来ました。「正常で健康な」恋愛関係という概念が本当にあるのかという疑問です。更に、ナチス政権時代、全体主義における「抵抗」一般について話をしました。できるとすれば何ができたのだろう。ナチスへの迎合はどのようなことの結果なのだろう。抵抗は何によって続けられたか。小説の中でユダヤ人強制収容所の看守であることが判明し、それでいて単に怪物と言うわけでもないハンナが理解と判断のジレンマと言う問題へ導きます。討論の最後にオプラが「彼らはまた私たちなのだ」と言いました。彼らも私たちのようになるかも知れないのです。私たちドイツ人が、ナチス時代の加害者としての自分たちを「怪物」として簡単に片付けられないが故に、彼らアメリカ人も自分たちに対して不安であり、脅威でもあるのです。

 

記者:

文学的な議論はなかったのですか。

 

シュリンク:

ありませんでした。またあまり知性的な議論もありませんでした。しかし真剣な議論で、多分、本を討論材料としてともすれば揺れ動くテーマに定めると言うのは、極めてアメリカ的でした。

 

記者:

本を文学的な利用対象として扱うわけですね。

 

シュリンク:

そうです。しかし、何よりもそれは、ドイツ人が今もやっており、多くの人を文学から締め出す原因となっているE文化とU文化の間の馬鹿な区別ではないのです。私はそれらのごく一般の読者と話すことは、「賢明」人々と「良質の」議論を交わすのと同じくらい私を楽しませてくれました。

 

記者:

そのような本についての番組が私たちの「文学カルテット」よりも有意義でしょうか。

(訳注:「Das Literarische Quartett」はドイツ第二放送ZDFで月に一度放映される書評番組、批評家Marcel Reich-Rainickiが司会、登場者はReich-Rainicki他に、Iris RadischHellmut Karasek、何故三人なのにカルテットと言うのかは不明。昔は四人の番組だったのかも知れない。)

 

シュリンク:

この番組は広範囲の視聴者を獲得しています、私が聞いたところによると一回の番組で四千四百万人だそうです。しかし、「文学カルテット」は彼らの資質でしかありません。文学カルテットの番組は文学に対する膨らみつつ不安を切り崩すことの手助けをしています。また文学とエンターテインメントを同時に行っています。文学には賢い文学的な判断が必要なのではなく、個人的な嗜好と特異性が文学を見る上では十分だと主張しています。

 

記者:

まともな文学批評には「個人の特異性」では十分ではないのではないでしょうか。

 

シュリンク:

「文学カルテット」が本当に文学批評としてとらえられると言うのですか。

 

記者:

残念ながら、そう思うのですが。

 

シュリンク:

いずれにせよ、「頬に舌のある」ライヒ・ライニキが、自分は文学的エンターテインメントを提供していることを知っており、それを楽しんでいることは確かです。その他においてはドイツの文学批評は無害以外の何物でもありません。

 

記者:

そしてその程度は。

 

シュリンク:

それは他人をこき下ろすことを目指しているからです。だから、アメリカのシステムの方が好きなのです。つまらない本は酷評されず、無視されるだけです。でもドイツではそれだけでは十分ではないのです。私自身にとってもそれはとっくの昔に分かっているのです。私は酷評を通じて科学的な評論家として、自分がどれほど批判的で、賢明で、勇気があるのかを示さなければならなかったのです。基本的に批評家は私たち作家より上にいると思っています。私は気に入った本だけについて話をしたいのです。お分かりですね。

 

記者:

ドイツの文学批評から現代のドイツ文学に至るまで。あなたは今やその一部です。その代表者です。他のどのドイツの作家も海外ではあなたほどの発行部数を誇ってはいません。「朗読者」はフランスで二十万部、イギリスでは十万部、我が国では五十万部です。あなたは自分がドイツの現代文学を代表していることに喜びを感じますか。

 

シュリンク:

私は自分自身しか代表できません。ドイツの現代文学に関する興味は、正直に言って、私がその正しい代表者か論じる意味もないほど、とるに足らないものです。ドイツ語の作品を読むときは、相変わらずケラー、フォンターネ、メリケやハイネの詩を読みますね。

 

記者:

あなたが好んで読む、生存中のドイツの作家は本当に誰もいないのですか。

 

シュリンク:

こんなことを言うと、あなたは傷つくかもしれませんね。クレーベルクの「北の庭園」、あなたは大変誉めておられますが、まだ読んでいません。嫌になるほど厚い本です。マルティン・ヴァルザーの一番最近の本「噴き出す泉」は読もうと思います。私の知り合いで評価しているペーター・シュナイダーの新しい小説「エドゥアルトの帰還」はぜひ読みたいと思っています。ロベルト・ゲルンハルトとダグマー・ロイポルドの新しい本も読んでいます。しかし、現代ドイツ文学の中には、読者の為に書かれた本が少ないことが寂しい。ドイツの作家たちは読者よりも批評家の為に書いています。私がイギリスで見つけたパット・バーカーのような作家、彼は第一次世界大戦後の精神的な後遺症についての小説を書いるのですが、そんな作家がドイツにはいません。それは読者を大切で興味深い問題に遭遇させるような物語です。もし望むなら、高いレベルでの話ができるような小説です。そんな作品がドイツには少ない。ドイツの本でも楽しめるものは、読者を掘り起こすことが少ない。また高い水準にあるものは面白さが短すぎるのです。

 

記者:

もう一度、あなたの個人的な作家としての存在について。まだ、法学部教授という本職の傍ら、「余技」として書いておられます。それを変えるつもりはありませんか。

 

シュリンク:

ありません。私にはそれが合っていると思います。私はいつも同じ所にいたことがありません。小説を書いているので、法律という学問にいつもいるわけではないし、法律家であるがゆえにいつも作家とし活動しているわけでもありません。最終的に作家としてだけ生きていくことにはためらいがあります。というのは法律家としての生活での課題、出会い、葛藤が私の生活に活力と挑戦を与えてくれるからです。自分自身のなかへ迷い込んでいくこと、それがドイツの作家が持つ問題のひとつだと思います。このような「社会との結びつきの見地から作家を捉える」というアメリカのやり方が私には良く理解できます。なにより、私のような公務員である教授にとって、今の仕事を辞めることは簡単ではありません。

 

記者:

今どのような作品に取り組んでおられるのですか。

 

シュリンク:

もう少しで、短編小説集が完成するところです。「逃げていく愛」という題です。

 

記者:

誰が逃げていくのですか。愛が、それとも人間から愛が。

 

シュリンク:

両方です。物語は全て現代を舞台にしており、現代史的な関係を取り上げています。また、他のプロジェクトも進行中です。私立探偵「ゼルプ」シリーズの第三部に取り組んでいます。それはドイツの戦後史のミステリー三部作となる予定です。「ゼルプの正義」が一九八七年に、「ゼルプの裏切り」が一九九二年に発表されましたから。第三の「ゼルプ」の背景は、再統一されたドイツの時代です。

 

記者:

なくされた鍵に戻ります。アメリカで成功した作家として、またそれに加えアメリカ文化の概念と共通点を持ち、アメリカ式生活を送っておられる作家として、ニューヨークに住んでみたいと思いますか。

 

シュリンク:

ニューヨークにずっと住み続けるということは思いもよりません。中くらいの大学都市、私が心地よく感じるハイデルベルクやボンのような、少しアメリカ的な場所に住むことには、魅力を感じますが。「自然に囲まれた精神的な中心」とでも言うのでしょうか。

来年もう一度ニューヨークへ行きます。ピ−ター・ゲイが私を公立図書館にある「作家、学者のためのセンター」に招待してくれたのです。今からそれが楽しみです。